動くな、死ね、甦れ!の作品情報・感想・評価

動くな、死ね、甦れ!1989年製作の映画)

ZAMRI, UMRI, VOSKRESNI!/Don't Mov Die And Rise Again!

上映日:2017年10月07日

製作国:

上映時間:105分

ジャンル:

4.1

あらすじ

ソビエトの極東にある炭鉱町スーチャンに生きる 12 歳の少年ワレルカ。純粋無垢だが不良ぶっている 彼は、学校のトイレにイースト菌をばら撒いたり、スケート靴を盗まれた仕返しにスケート板を盗み返 したりと、たびたび騒動を引き起こす。そして唯一の家族である母親とその愛人への反発と相まって、 悪戯をエスカレートさせていく。そんなワレルカの前に、守護天使のように現れては、危機を救ってく れる幼なじ…

ソビエトの極東にある炭鉱町スーチャンに生きる 12 歳の少年ワレルカ。純粋無垢だが不良ぶっている 彼は、学校のトイレにイースト菌をばら撒いたり、スケート靴を盗まれた仕返しにスケート板を盗み返 したりと、たびたび騒動を引き起こす。そして唯一の家族である母親とその愛人への反発と相まって、 悪戯をエスカレートさせていく。そんなワレルカの前に、守護天使のように現れては、危機を救ってく れる幼なじみの少女ガリーヤ。 二人に芽生えた淡い想いは次第に呼応していくが、学校を退学になっ たワレルカが町から逃亡することで、彼らの運命はとんでもない方向へ転じていくのだった・・・。

「動くな、死ね、甦れ!」に投稿された感想・評価

素晴らしかった
と言える感受性も知識も持ち合わせていないけど
凄いものみた
という感覚だけはある

これがあの時代
あの場所での
現実
ロリコンになりそう!ロリコンそーすけちゃん、誕生!!バカな男子、精神年齢低めの男子、プライドだけ高い男子、ダンスできない男子。いつも見守ってる少女、お尻を叩いてくれる少女、女を知ってる少女、でも少女。この子が肩をたたいてくれると、ムスッと扉をあけるたび、笑顔で声をかけてくれるたび、心がときめいた。そうすけちゃん、春到来。
かす

かすの感想・評価

5.0
あぁ、傑作映画を観た。
カメラがとにかくすごい。
長回しの引き絵からドンとよったカットバック。
誰しもが声を荒げ踊り狂っている。
ガリーヤ、彼女を超える少女は金輪際誕生しないであろう。
人間が天使になるということは終わりがあることである。
あまりにも唐突な終わりはカメラにはおさめられない。
時たま映る日本人や身体障害者そして戦争負傷者。
これでもかというほど差別的に描かれている。
いや差別的に描かれることが正しい。
なぜならその時代のリアルはそうであったから。
リアリズムとは醜悪なものも写さなければならない。
東欧らしいサウンドエフェクト。
多少の荒さを感じつつも、今まで感じたことのない余韻を残す作品だった。
hayashi

hayashiの感想・評価

3.0
絶望と恐怖をたくさん感じた。希望がまるで無い。生きてる人達がみんな希望なんて持ってないからそらそうか。大人は自分のことしか考えてなくてすぐ怒鳴るし子供のことを全然分かろうとしない。愛もない。微かに希望が感じられたのはラストシーン。汽車の隙間から微笑みあう二人。けどガリーヤはああなることを察して、ワレルカに歌ってと頼んだのか?そうだとしたら苦しすぎる。胸糞悪いしとても疲れる作品ですが、見といて良かったと思います。
Sari

Sariの感想・評価

4.3
2018.2.17鑑賞
「動くな、死ね、甦れ!」
Замри, умри, воскресни!
(1989年/ソビエト連邦)
監督 ヴィタリー・カネフスキー


1990年、カンヌ国際映画祭、
54歳の新人監督カネフスキーが発表したこの作品によって驚きにつ包まれた。
ストリート・チルドレン出身で8年間無罪の罪で投獄されていた経歴の持ち主で、それまでは全くの無名だったがこの1本で世界中から賞賛される存在となる。

物語の舞台となるのは、旧ソ連の炭鉱町・スーチャンは、カネフスキーが少年時代を過ごした町。
カネフスキーが、沢山の学校を訪れ何千人もの少年の中から奇跡的に見つけ出した、ストリートチルドレンのパーヴェル・ナザーロフを主演に抜擢。
どこまでも純粋で鋭敏な自身の少年時代の記憶を、鮮明にスクリーンに甦えらせた。
また主人公を見守り危機から救う少女役に、
現在も女優として活躍ディナーラ・ドルカーロワを起用。
純粋無垢な悪童と守護天使の様な少女が織り成す“映画の奇跡”。


第2次世界対戦直後、兵士たちの収容所とかしたソビエトの極東の貧しい炭鉱町。
殺伐としたこのスーチェンでは兵士達は強制労働を強いられている。
主人公の少年ワレルカは母親と二人暮らし。
その母親は自宅に連れ込んだ愛人と平気で情事を行い、それをワレルカが簡単に目にしてしまえる荒んだ家庭環境にいる。
安らげる場所のない少年。
唯一の家族である母親の愛情をも得られず満たされない子供心。
そのせいで、学校でも近所でもいたずらの延長で常に悪事を働いている。
ワレルカが唯一心を許せるのが少女ガリーヤ。
二人は淡い恋にも似た感情で繋がっている。


「ドキュメンタリーとフィクション」の境界、と是枝裕和監督が評価しているが正にその通り。
平穏に暮らせる環境とは程遠い残酷な状況下で、瑞々しい感性やどうしようもない痛々しい心の叫びが映像とともに遅いかかる。
又、辛辣な映像はモノクロの世界と相まってとてもリアルに感じる。
日本兵達が出演する場面もそのリアルさを高めている。
社交場でのダンスパーティで、
腕や脚を失った兵士2人が立ち去った人々から取り残ってしまう場面があり、その姿が脳裏から離れない。
衝動的に繰り返す悪戯を止める事が出来ないワレルカは悪童と呼ばれながらも、真のある強い心を持つ正義のヒーローにも見えてしまう。
本物のストリートチルドレンであった彼の存在感は、惹きつけて止まない魅力を放っている。
劇中ラストに向かう破滅のへの道を予感させる中、
線路でワレルカとガリーヤが通り過ぎる列車から顔を覗かせるシーンでは、はっとするような唯一の幸福感があった。
そのシーンの直後からラストシーンへと。
これは一生忘れられない。
ヘルツォークやブニュエルのような怪作とは一味違うが、
同じくらいの破壊力がある作品だった。
観終わってからしばらく気持ちが取り残され、精気を抜かれた様な感覚に。
この後、ヴェンダース・オールナイトが待っていると言うのに。
純

純の感想・評価

5.0
理不尽で薄汚れた大人の世界でも、非力なふたりは染まることなく、失ってはいけないものをしっかりと抱きしめて、真っ直ぐに生きていたのにね。ずっと付き纏う嫌な予感が、あんな終焉に繋がっていくなんて。本当にやりきれなくて、沸々と湧き上がる怒りや、どこまでも沈んでしまいそうな悲しみのやり場が見つからない。感情を、世界を、表現したまさに映画史に残る映画だった。シンプルだからこそ無駄のない、大切なことだけを詰め込んだ大傑作。

ソビエト時代。子どもが、子どもでいることを許されなかった時代。無邪気に笑って、無鉄砲をやって育っていくのに、本来は誰かに認めてもらう必要なんかなかった。でも、大人たちは常に何かに怯えて、失望して、怒りを撒き散らして生きていて、子どもたちはそんな彼らに監視されるような毎日を送っている。金銭的な貧しさだけじゃなくて、流れている時間や雰囲気の貧しさが息苦しかった。第二次世界大戦後のソビエトではあれが生活だったんだなと思うと、本当に胸が痛い。捕虜として働く日本人や、赤の他人である男性に赤ちゃんを産ませてくれって嘆願する女性、子どもたちに気が狂ってると思われながら泥と小麦粉を一緒にして口にする男性。つい目を背けたくなってしまうほど人々の尊厳や希望が吸い取られてしまっていて、なんてどんよりした世界なんだろうと思った。

そんな殺伐とした世界の中でヤンチャなワレルカはいろんなことに手を出して騒動を巻き起こし、しっかり者のガリーヤはいつも彼に手を焼いていた。スケートの盗み返したり
トイレにイースト菌をばら撒いたり、列車を転覆させたり。魔が差した、という言葉じゃ庇いきれないような悪さを続けるワレルカに不快感を覚えることもあったけど、でも、もし違う時代に生まれていたら、ワレルカの悪戯はエスカレートしていたのかな。ワレルカは、ちゃんと愛を浴びていなかっただけだ。寂しくて、自分をたったひとりの人間として見てほしくて、憧れる対象を間違えてしまっただけ。理不尽に自分を怒鳴りつける母親への、この年頃では普通の反抗心に過ぎなかった。子どもたちの叫びをきちんと聞き取ってあげる余裕が当時の大人たちにはなくて、それが悲劇を生んでしまったんだと思うと、刑務所に入れるべきなのは、もはやひとでもないのかもしれない。少なくとも、誰かひとりが悪いわけじゃないんだもんね。

無垢な少年と少女が、恋愛だとか友情だとかいう言葉に惑わされずに、縛られずに、たったひとつの関係を結んで、お互いに確かめ合って線路を歩いているあの光景。放って置けないのは愛だとか、憎まれ口を叩きたくなるのは好きだからだとか、そういうんじゃなくて、ただ胸の内の衝動が正直にふたりの身体を動かしていて、それはとても純粋で綺麗な生き方だった。自分の中で煮えたぎる思いに嘘をつけないでいながらも恐怖心には負けてしまいそうなワレルカも、見返りを求めずに守ってあげたいという気持ちを手放さなかったガリーヤも、本当に本当に真っ直ぐで美しくて尊くて。ふたりの視線や表情、ほんのささやかな仕草でさえ、素直さで満ち満ちていた。空気の悪いところで静謐に揺れる野生の花のようなあの命に、あのまま健やかに、でも確かに鼓動を鳴らし続けてほしかった。

無情な最後。狂った最後。誰も救われなくて、あんな不穏であんな不快なのに、このクライマックスで頬を濡らしたひとの涙は、きっと何よりも澄み切った透明色をしていたに違いないね。内側から溢れ出す感情が、静かに爆発する映画だった。冒頭から最後までを端的に表したとき、「動くな!死ね!甦れ!」の言葉が切り取られる。本当に辛いのに、我慢できないのに、暴れまわりたいのに、ただ座り込んでしまうような、動けなくなってしまうような、そんな伝説的な一本。言葉にするのは難しい。でも、心で感じることはできる。この映画に出てきたすべてのひとたちの表情が、脳裏に焼き付いて、離れなくなる。失っちゃいけないものを失った時代の、閃光のような眩い、愚かな、光と闇の日々。
2018年2月12日 京都みなみ会館にて。

これは観た方がいい。
ヴィタリーカネフスキ作品初鑑賞。
素晴らしかった!
何を/誰を/どんな風に見せるかというでなく、映画とは何かと根源を突いてくる。画面の端々に生き生きとした動き 視線 臭いまで漂うようだった。鑑賞後タイトルの意味が真に響く 見逃すことは正しく人生において多大なる損失となる、である。
馮美梅

馮美梅の感想・評価

3.5
ソ連時代のスーチャンという町を舞台に少年ワレルカと少女ガリーヤの物語。

ソビエト時代、大人たちも、子供たちもみんな貧困と希望という輝きなんてない世界に生きているような感じ。いつも誰かが監視しているような、素直にすくすく行きられない世界の中で、ワレルカもガリーヤのことを気にしながらもライバルのように時にお茶を売り、そのお金でスキーを買うけど、母から盗んだと言われたりなんか殺伐とする。終始そんな感じ。

映像も白黒だしね。そして、無鉄砲なワレルカにはいつもいざという時にはガリーヤが助けてくれる。そんな2人が時々子供のようになるときはホッとする。しかし、そんな2人に…

同い年でも、男の子と女の子とでは全然違いますね。男の子はどこまでも子供だけど、女の子は、母のようでもあり、大人のようであり、時々無邪気になるって感じで。

ワレルカは12歳なのに時々すごく老けて見えて、子供なのに年寄りみたいに見えたりして、なんか息苦しさを感じた。
無邪気で生きられる時代を生きられない子供達、未来の希望のない大人たちの無情さを感じる作品でした。
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