ふたつの時、ふたりの時間の作品情報・感想・評価

ふたつの時、ふたりの時間2001年製作の映画)

WHAT TIME IS IT THERE?/你那邊幾點

製作国:

上映時間:116分

ジャンル:

3.6

あらすじ

時計を扱う露天商の男が、パリに旅立つ直前の女と出会う。彼女とのささやかな思い出にとらわれた男は、台北中の時計をパリ時刻に合わせていく。一方,女は異郷で孤独な生活を送る。女がパリの公園のベンチで出会う男として、ジャン・ピエール・レオーが出演している。

「ふたつの時、ふたりの時間」に投稿された感想・評価

毎秒、毎カット、昇天しそうになる、画だけだとヤンより好きかもって思ってきた

変態なの隠して生活してるのなんて人間だけじゃんね、可愛らしい動物

楽日と同率2位!(蔡明亮映画ランキング)
o8o

o8oの感想・評価

3.8
埋められないものを埋め合えるお互いの存在

埋め方
電話、同性
時計、異性
仏(宗教)、竹枕

父親冒頭ワンカットの力
それだけで父親の存在を最後のカットまで残す凄さ
父親への尊敬と愛情の濃さを感じられる

トイレの男おもしろすぎる

照明の巧みさ
バックのブルー、車に当たる黄色…
あも

あもの感想・評価

3.0
なんでか分からないけど、好き。そんな映画。
じっーくりと、淡々と、時が流れていく。
パリへ旅立った女、時計売りの男、夫を亡くした母、それぞれが孤独を抱え、愛を求めていて、それらが交差するラストがとても良い。
観覧車と輪廻がかかってるのが素晴らしい描写。

シュールな笑いも◎
 ツァイミンリャンの台北とパリ孤独結ぶ時



ツァイミィンリャン監督、劇場鑑賞パンフ購入。


「hole」でカンヌ国際評論家連盟賞受賞後撮った本作。

前々作「河」のキャラを受け継ぎ、

新たな作品にしたてたかのようです。

シャオカンは台北で時計を売ってます。

そこにパリに行く女性と出会い、シャオカンの時計をあげることに。

二人は離れても孤独に意識しあいます。

本作には特別リスペクトゲスト、ジャンピエールレオーが主演。

トリフォーの常連が年老いてでています。
 
ある意味トリフォーにも捧げている作品なのかもしれません。

ストーリーが分散気味ですが、

ツァイ監督の孤独な物語の進化した展開なのかな?と思いました。

2008年10月12日 レビュー

追記
引退表明した台湾のお気に入り、ツァイミンリャン監督。

ツァイミンリャンの特徴、ズバリ。
 
カメラワークなし、固定
台詞無し
長廻しみつめる
シャオカン必ず出演(監督のパートナー)


ツァイ監督のパリコラボという側面ありますね。欧州評価高まり、コラボてな感じ。

いつもの殺伐とした感じは、影をひそめ、時計と孤独に寄り添う2人をみつめさせます。

ツァイ作品のなかでは、一番おとなしい作品です。トリュホー好きも公言されてましたね。
inuatsu

inuatsuの感想・評価

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このレビューはネタバレを含みます

父親が亡くなり、喪に服している最中の時計商。ある日、翌日からパリに旅行に行くという女から、売っている時計ではなく腕に付けている時計を売って欲しいと懇願され、断ろうとするも最後は押しの強さに結局売ってしまう。男は自分の時計を付けてパリへ旅立った女を思い、自分の部屋から始まり、ついには台北中の時計の針をパリ時間に変えていく。一方、夫を亡くした時計商の母は、亡き夫を思い部屋を真っ暗にして蝋燭の炎だけで生活をする。パリに旅立った女も、言葉の通じない街で孤独感を味わいながら生活しているのだった。

『青春神話』『愛情萬歳』『河』と、蔡明亮は現代の人間が抱える矛盾を描いてきたように思うけれども、『ふたつのとき、ふたりの時間』では、現代に限らないより普遍的な人間の思いや行動を描いていると感じた。

人間は、なぜ物に思いを込めるのか。自分の身の回りから肉体的にはいなくなった人間に、人はどのようにして思いを馳せ、そしてその思いをどれだけ強く持つことができるのか。

亡くなってしまった人とも、世界のどこか別の地へ旅立ってしまった人とも、もう同じ時間を共有することはできない。それでも、相手が過ごしていると思われる空間を演出することで、人はそこにいない人に思いを馳せることができる。

街中の時計の針が指す時刻を変えることや、部屋の中を真っ暗にすること、すべては自分の心の中にある目に見えない思いに形を与える行為である。目に見えない思いを抱いているだけでは、相手にそれが届いているかわからない。目に見える形を与えることで、そんな不安を解消し、もしかしたら相手にもその思いは届いているかもしれないという希望を持ち続けることができる。

逆に、肉体というものは人の思いの純粋さを薄めてしまうのかも知れないと思う。肉体を求めることは簡単だが、肉体を求める気持ちが強くなればなるほど、肉体に触れることが目的になり、そこにあるはずの思いは置いてけぼりになってしまいがちだ。『ふたつのとき、ふたりの時間』の登場人物たちの行動は気が触れているかも知れないが、しかし同時に美しくもある。

そして、その美しい思いは、一緒に過ごした時間の長さに依らない。長年付き添った相手にも、ゆきずりで知り合っただけの相手にでも、同じくらい強く思いを馳せることができる。それが人間の素晴らしさであるのだろう。

しかしながら、人間はただ美しいだけの存在ではなく、世俗的な面も持ち合わせている。思いを馳せれば馳せるほど、同じ時間を共有したいという気持ちは強くなり、寂しさが募ってくる。その時、その寂しさを解消する手段はやはり肉体に依ってしまう。心と身体があってこその人間であり、思いだけで人は生きることはできない。

もう同じ時間を過ごせることはない相手との思い出を胸に、人はまた新しい生を生きていくのだろう。
1970salsa

1970salsaの感想・評価

3.5
第16回 東京フィルメックスにて。

今回は『溢れる水』は出てこなかった。
毎日のように初期作品を観てると、家のセットがほぼ変わらず両親の見た目もそれほど変わらない中で、リーさんだけが確実にガキから青年になってるのがわかり、また、どの作品にもカメラの向こうから監督のリーさんへの愛情が感じられます。
うまる

うまるの感想・評価

3.8
テーマは「時」。
他はいつも通りのツァイ・ミンリャン。

ジャン=ピエール・レオがちょい役で出てる。

終盤異様にダレるので、そこだけマイナス。
korino

korinoの感想・評価

3.0
ツァイ・ミンリャンってだけでかつてのユーロスペースに見に行った。ユーロスペースとアニメイトの感じ懐かしいなー。