ドヴラートフ レニングラードの作家たちの作品情報・感想・評価・動画配信

「ドヴラートフ レニングラードの作家たち」に投稿された感想・評価

アレクセイゲルマンジュニア。
あんま覚えてないけど、宇宙飛行士の医者、撮影が好みだった気がする。
こっちはウカシュジャル案件。

しみったれた寒い風景は好きだけど、この男をずっと見るの辛い。
Jaya

Jayaの感想・評価

2.1

このレビューはネタバレを含みます

とにかく緩急がなく退屈でした…。気だるさを出すようなくすんだ色使いも、個人的には苦手なのでなかなかに辛かったです。
役の演出や、わざと視点を外すようなカット割りも好みではありませんでした。

ドヴラートフの出入りするサロンも、如何にもサロンらしさがよく表現されているのですが、やはり私個人的には、その何ともアンニュイな雰囲気は好きになれません…。
ドヴラートフ自身も、そもそも本人の文章が全く出てこないので、見ようによっては、体制に疎外されているというよりも、単にアナーキストぶってるようにも見えてしまいます。
工員の詩人はじめ、登場する芸術のよさも私にはピンときませんでした。

ドヴラートフの作品を読んでみれば印象が変わるかもしれませんが、読んだことのない私にとっては退屈で気だるいだけの映画でした。
ロシアの作家たちの生活を描写した映画。
あまり緩急がない印象で眠くなってしまった。


ああ、わたしが無知なんだろうなあ…
ロシア文学に詳しくて、なおかつその時代への造詣が深ければ10倍楽しめたんだろうなあ



撮り方の雰囲気が好きでしたし、セリフの長回しは凄かったです!


芸術家がしたい表現を許されず、政治的な理由で抑圧されているというテーマならすごくそそられるのだけれど、わたしにはどちらかというと本人自体の問題に見えた。
形のないものを扱う職業の人が難しいのはわかるけど、みんなやりたいことだけして生きていくんじゃないんだゾ!妻と子供がいるなら腹括ろうナ!と思ってしまいました。
だから作家、芸術家、芸人を目指してダラダラしてる人間は苦手なんだよなあ…
EMILI

EMILIの感想・評価

4.3
心の優しい大男 涙のように血を流していた人たち 彼らが天国で怖い夢や社会のうねりや見えない終わりに怯えることなく安らかに眠れていますように
他人からの慰めや励ましなんて何の糧にもならないんだ 痛いくらい知っている
お金を稼ぐために売れるもの(それはすなわち作者が生きている時代で良しとされている万人受けするもの)を作れと強要されることは本当に苦しい
「他の書き方がわからない」「俺の一部なんだ」
「歯を食いしばって耐え抜くしかないのよ」
最後まで信じて作り続けることは本当に難しい
けれどまだ信じていたい
ausnichts

ausnichtsの感想・評価

3.0
映画の内容、特に台詞は半分も理解できていないと思いますが面白かったです。DVD化されればぜひもう一度見たい映画です。

カメラワークが美しいです。室内(作家組合?)の長回しは相当計算されていてすごいです。

台詞が重層的で、その分余計にわからなくなりますし、多少の予備知識はまったく役に立ちません。

それでも流れに身を任せて寝落ちしなければ楽しめます(笑)。

1971年のソビエト連邦レニングラードが再現されたような美術も美しいです。

詳しくはこちら。
https://www.movieimpressions.com/entry/dovlatov
こちらは公式ホームページのポスターにサックスを吹く人が載っていたのでロシア音楽のお話しかと思いそれなら面白そうと選んだ作品なんですが、作家さんのお話しでした、、
きちんと副題に書いてあるじゃん、作家たちって。。
作家セルゲイ・ドブラートフの半生を描いた内容なんですが、現代ロシアの伝説的作家さんなんですね😲
普段読書をあまりしないので全く知らない方でしたが、、
自分には響くことのない内容でしたけど、126分落ちることもなく鑑賞は出来たので、文学のお好きな方にはたまらない内容かもです。
Naoki

Naokiの感想・評価

-
彼らは確かに存在した

しかし眠くて所々意識が飛んでた…
よって評価できず…
CHEBUNBUN

CHEBUNBUNの感想・評価

4.0
【存在のない者の嘲笑と踠き】
第68回ベルリン国際映画祭で『神々のたそがれ』監督の息子であるアレクセイ・ゲルマン・ジュニアが小説家セルゲイ・ドヴラートフについて描いた伝記映画『ドヴラートフ レニングラードの作家たち』が芸術貢献賞を受賞した。そんな作品がようやく日本公開されたのだが、口を揃えて文学的知識がないとキツいと嘆いている。恐らくこの手の作品は家で観ても集中力が持たないだろうと思い、ご無沙汰ンタンゴ、久しぶりに《あつぎのえいがかんkiki》で観てきました。

1970年代初頭レニングラード。物書きは作家協会に入らないと、新聞の軽い記事すら書けない時代。セルゲイ・ドヴラートフは最高指導者ブレジネフの夢を見、行き場のない閉塞感に悶々としていた。そんな彼をカメラは長回しで追う。カメラは通りの向こうに小さく写る犬を連れた彼を捉えるが、彼の声は大きく観客に伝わる。それは彼が自分自身の虚無を客観的に観ているようだ。

彼の作家としての活動はなかなか芽が出ない。まるで存在しないように思えてくる。そんな彼の閉塞感からくるクズさ、屈折したユーモアを重厚に描いている。確かに、文学知識やロシア語の響きによるユーモアが多くとっつきにくい作品であるが、ドヴラートフの独りよがりな破壊的ユーモアは今のTwitterを取り巻く閉塞感に通じるものがあり興味深い。また、他者を拒絶しながら自分の存在を刻み込もうと他者に依存する描写が丁寧に描けている。それがより一層物書きとしてのプライドの痛々しさを浮き彫りにさせる。

例えば、バスでおじさんにシオニストがうんたらかんたらと絡まれるシーンがある。ドヴラートフはсионистとかけてимпрессионист(印象派)と答え、「えっ?」と困らせる。その反応に満足感を得た彼は更にでしゃばり、аннотация(抽象派)と全然韻を踏んでいない言葉を重ねる。おじさんは「えっ?」と同様の反応をするが、もうそこには言葉遊びによるマウントがもたらすニヒルなユーモアは瓦解してしまっている。

また、別の場面。彼が映画の撮影現場に赴くところ。19世紀ソ連のアーティストに纏わる映画の現場らしくドストエフスキーやプシーキン役の人がいる。その中で、「じゃあ俺はカフカだ。フランス人の」というのだが、誰も相手にしない。それによって「こいつらはわかってない」と見下す。何故ならばフランツ・カフカはチェコ出身の作家だからだ。そして、ようやく得たジャーナリストとしての仕事も、単に褒めれば仕事は増えるのだが、それに反発していき、それによって業界から総スカンを食らうのだ。

「何者」でもない彼は、時に警察になりすまし、発禁書物であるナブコフの『ロリータ』購入者のリストを出せと街の本売りに迫ったり、「仕事は何をされているの?」という問いに「気を狂わすことが仕事だ」と言って虚無に虚無を重ねていくのです。アーネスト・ヘミングウェイのように世界を自由に飛び回り自分の文章を極めたいというある種のモラトリアムに取り憑かれ、行く先々でピニャコラーダが飲みたいと言い、「キウイ」の発音を間違えれば、「こっちの方が詩的だ、《キウイ》は俗っぽい。」と吐き捨てたりする。

そんな彼のドッペルゲンガー的存在が本作を取り巻く、存在のない者の屈折した叫びを補強しており、自分をサリエリ(モーツァルトの横で自分の凡人さに苦しめられた人物)と例えるダヴィッドや地下労働施設で語ることを諦め始めた人がドヴラートフの苦悩を肉付けしていくのだ。

確かに、本作は家で観たら集中力が切れてしまいそうな圧倒的情報量と高度な皮肉で包まれた作品だ。しかし、この映画を取り巻くあるベクトル以外を排除する息苦しさは、日本の映画ライター業界にも通じるものがあり、ドヴラートフの反骨精神は厄介ながらも魅力的に思えました。
大鳥涙

大鳥涙の感想・評価

3.0
不覚にも寝落ちしてしまった。メリハリのない画が続く演出は苦手。