剣の舞 我が心の旋律の作品情報・感想・評価・動画配信

「剣の舞 我が心の旋律」に投稿された感想・評価

グルジア生まれアルメニアン
アラム・ハチャトゥリアン
スターリン時代のソビエト
ショスタコのレニングラード
オイストラフのバイオリン
コーカサスの衣装とダンス
宗教対立ファシズム共産主義
「剣の舞」怒りと民族の誇り
「鴻門の会」范増を思い出す
ゆき

ゆきの感想・評価

2.8
あの剣の舞に隠された人間模様なんだけど、お国や役人たちに無理難題を突きつけられて創られたとは思えない名曲だよねー。
しかも8時間て。
観る前のあらすじや観た後の解説で、なるほどーってなる。
なので映画そのものはそれほど・・・。
DVDで鑑賞!(3/18) ハチャトリアン作曲の有名な曲「剣の舞」、まさか、こんな理由で曲作りを命じられ、怒りの感情をそのまま、たった一晩で書き上げた、まさに伝説のようなお話です…(まさに、怒りの音楽ですもんね~) トルコによるアルメニア人虐殺への怒りも表れた音楽みたいですね…
jocx

jocxの感想・評価

3.6
芸術に政治が絡むと失われるものも多いが、生まれて来るものも素晴らしい。有名な「剣の舞」がどのように生まれたか。曲は有名だけどハチャトリアンの生き様は知らなかった。当時のロシアを知って、益々この曲の素晴らしさが伝わる。映画は子供の頃から一足飛びで、全体的にもっと描けてもよかったのではと思う。ロシア音楽が好きな人は感慨深いものがあると思う。
んー…?
「歴史的背景の下地が無いと理解しにくい作品シリーズ」だったか。
よく分からんかったけど、
まぁ苦悩してましたね。

でも何か映画の最初っから苦悩してたんだけど???
どっから「8時間で剣の舞」だったの???(笑)

ロシアって一応隣接してる国のハズなのにホントよく知らない国だわー。
せめて近代史ぐらいおベンキョしろよ、と思うけど………おベンキョ嫌いなんだなー(笑)


バレエ娘たちは可愛かったなー。
浅田真央ちゃんが2009年、10年のショートとフリープログラムで使用した楽曲が「仮面舞踏会」なんですが、この仮面舞踏会の作曲家アラム・ハチャトゥリアンのお話しということで鑑賞。
メインストーリーは「剣の舞」をひと晩で書き上げることになるまでのお話し。
人間関係の描き方はちょっと面白かったんですけど、アルメニア人であるハチャトゥリアンが、第二次世界大戦中のソ連の規制下でどんな気持ちで作曲したかの辺りは、思いの外あっさりめな味付け。
楽しみにしていた「仮面舞踏会」もほんの少ししか流れなくて、個人的に残念感が勝った作品でした
MGJ

MGJの感想・評価

3.0
超有名な交響曲の背景を描く再現ドラマ。
題材も物語も背景も役者も楽曲も素晴らしく良く、どうやっても盛り上がりそうなのに、編集や構成が古臭く最後には昭和初期のニュース映像みたいなのが続いて、終わり?
え?!もうちょっと語るべき登場人物の感情とか、使うべき楽曲の尺とかあっただろー。
楽曲が良くても映画としては残念でした。
【ハチャメチャやん】

ハチャトゥリアン(以下八ちゃん)による「剣の舞」誕生秘話。
第二次世界大戦最中のソ連で、自由な芸術表現が規制される。
当局からあれやこれや難癖・言い掛かり・嫌がらせされて、もーわややって感じで、八ちゃん一晩で書き上げちゃいます。

この映画には、どうも納得できない点があります。
八ちゃんが病弱っぽくて、指が節くれだつほど痩せてるんで、短命なのかと思ったんですけど、いきなり世界を股にかけて活躍する、その後の八ちゃんが紹介されるんです。
今まで観てきた八ちゃんは、何やってんって啞然としちゃいます。

八ちゃん作曲の数々の名曲も流れるんですけど、画面と合ってないんですよね。
「仮面舞踏会」なんて、目が回りそうで、気分悪くなります。
浅田真央ファンは絶対気分を害するでしょう。

でも、アルメニア人としての八ちゃんの誇りを描いたり、反戦や領土問題を暗に匂わすところもあって、意外と現ロシア政権をこっそり批判しているのかもしれないです。
そんな訳で、どうも捉えどころのない、ハチャメチャでテンテコ舞いな作品です。
ks

ksの感想・評価

3.7

このレビューはネタバレを含みます

わずか一晩で書き上げられた【剣の舞】にこめられたハチャトゥリアンの思いとは。
彼の故郷アルメニアの素晴らしい景色や民族虐殺に刻まれた歴史など、音が生まれる背景がいくつも重なり「ガイーヌ」は初演を迎える。
(ガイーヌ初演はペルミで行われたとは知らなかった。)

バレエプリマのサーシャがハチャトゥリアンに「仮面舞踏会のワルツに漂うものに共感してしまう」と語っていたところが美しかったな。
舞踊手の曲に対する解釈が踊りに反映されて完成するんだってちょっと熱くなってしまった。

ハチャトゥリアンの弟子(やはりアルメニア出身のゲオルギー)が始終コミカルな役どころで、作品全体の色や雰囲気もあたたかい。(幻のひとも出てくる)
けれど、あと数時間後には前線に発つ若い兵士が、芸術を目に焼き付けるため劇場を訪ねてきたり、芸術家が持つ思想にソビエトの役人が常に目を光らせていたりと細かいエピソードはひとつも軽くはない。

ハチャトゥリアン役のアンバルツム・カバニヤンはそこにいるだけで存在感を放つ俳優だった。他の作品も見てみたい。(主に舞台で活躍されているようです……)

祖国を追われたアルメニア人の苦悩を生涯のテーマにする決心をしたハチャトゥリアンに、共に音楽を学んだ仲であったが、のちに文化省役人となるプシュコフが「100年経てば(迫害も虐殺も)誰も覚えていない」とあまりにも心ない言葉を口にした。
殴られても当然と思う。忘れるかどうかを決められるのは当事者だけだ。
「俺は音楽でものを考えるんだ。」 そう言ったアラム・ハチャトゥリアンの頭の中、耳の中には、汽車の轟音と子供の頃の羊毛を叩く音、故郷の山を語る爺の声が渾然一体、躍りとなって鳴り響いていた。混乱と跳躍、刃を打つ音。音楽でものを考えるということ。虐殺されたアルメニア人を描くこと。それは音楽を使って描くのでもないし、音楽とともに考えるのでもない。それらが音楽になっていく過程に自分が作用する、している、身体を、形に凝った生を通過する、していく、いや違う、これはもはや違う言葉になってしまっている。もっと能動的なものなのか、それとも受動的なものなのか。あれは。