The Traitor(英題)の作品情報・感想・評価

「The Traitor(英題)」に投稿された感想・評価

まおう

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3.0
イタリアのマフィアで、後に身内の裏切りと逮捕を機に組織犯罪について証言し何人もの仲間を刑務所送りにしたトンマーゾ・ブシェッタの半生を描いた硬派なマフィア伝記映画。

登場人物の顔と名前を一致させる間もなくバカバカと人が死に、関係性を把握する前にまたもバタバタと裏切りが行われバタバタと死ぬので事前に人間関係は予習するのがオススメ。
非常にシリアスでハードボイルドなテイストでマフィアの抗争と何故ブシェッタが仲間を売るに至ったかを丁寧に描きつつ、裁判シーンはどこか滑稽な子供の言い争いか熟年夫婦の痴話喧嘩のような丁々発止が繰り広げられる。
CHEBUNBUN

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3.0
【マルコ・ベロッキオの実録抗争劇】
あまり、縁がないマルコ・ベロッキオ映画ですが、カンヌ国際映画祭2019コンペ作品ということで観た。

本作は警察に情報を売り、マフィアを芋づる式に刑務所送りにしたトンマーゾ・ブシェッタの実録抗争劇である。

前半1時間と後半1時間半で作風が変わるのが特徴で、前半はスコセッシ張りの饒舌な殺戮劇が始まる。左下にカウンタが表示され、人が死ぬ度に名前が表示されるスタイリッシュな作風が特徴的だ。そして、ベロッキオの才能が光るのは、叫び声や助けを乞うセリフを廃し、カットと役者の表情で血みどろな抗争を表現しているところ。

例えば、トンマーゾ・ブシェッタがヘリコプター内で拷問される場面。海は美しいぐらい青いのだが、ヘリコプターの中には顔が血だらけな彼の姿が見える。彼の目線の先には、別のヘリコプターがあり、恋人が海に突き落とされようとしている。彼女を落とすマフィアの視点を挟むことで、高さという恐怖を表現しているのだが、そこには一切のセリフがないのだ。このカッコ良さに痺れました。

しかし、問題は後半。世代間の断絶により、若者がヘロインビジネスに手をつけることが許せなくなったトンマーゾは警察に垂れ込み、大規模裁判に発展する。

そして現代の『シシリーの黒い霧』と言わんばかりの論争劇に発展するのだが、そもそも肝心な世代間ギャップによる裏切りが描ききれていないので、いまいち会話劇から深刻さが伝わってこない。

あれだけ、激しいアクションを1時間繰り広げたのだが、それはダイジェストに過ぎなかったことがよく分かります。

似たような構図、裏切り者とファミリー全員を敵に回しても淡々と裏切り行為を働くトンマーゾにいまいち入り込めませんでした。

なんなら2部作にして、1作目でしっかりヘロイン周りの話を描いて欲しかった。あれっ?ひょっとして日本公開されていないだけで、前作あのかな?
[裏切り者が平和に死ぬ話] 60点

今年のカンヌ映画祭のコンペ選出作品も日本で配給される作品が出揃ってきた。今年は大御所だらけだったため、そもそもの鑑賞難易度は低いものの、カンヌでの酷評以降どの映画祭にも出品されていないアブデラティフ・ケシシュの新作『Mektoub My Love: Intermezzo』を含め、コルネリウ・ポルンボユやクレベール・メンドンサ・フィリオなどの作品は日本では入手困難になると予想されるなど、今年のコンペ作品は全クリは時間がかかりそうだ。そんな中、意外にも評判が高かったのがマルコ・ベロッキオの最新作である。アリーチェ・ロルヴァケル、マッテオ・ガローネ、パオロ・ソレンティーノなど新世代が世界の映画祭で活躍し始めたイタリア映画界では"最後"と呼べる20世紀の巨匠の一人だ。ただ、日本では配給されたりされなかったりという状態が続いており、ベロッキオという名前自体が浸透しているとは言い難いのかもしれない。

原題が"裏切り者"であるように、本作品の主人公は初めてマフィアの"沈黙の誓い"を破って警察に情報提供を行ったマフィアの重鎮トンマーゾ・ブシェッタの物語である。とはいいつつ、ほぼ裏切ったとこから始まるのでそこまでの経歴に軽く触れておく。1928年7月13日にイタリアはパレルモに生まれたブシェッタは、父親のガラス加工の仕事を手伝いつつ17歳で結婚し、その直後マフィアに加入している。1949年に妻と二人の子供たちとともにアルゼンチンに移住し、新たな子供に恵まれるも当地での生活に馴染むことが出来ず、1952年にはパレルモに引き上げている。帰国後は本格的にマフィアとして活動を始め、50年代から60年代にかけて好景気と都市での生活に順応し始めたマフィアたちの主導権争い、通称・第一次マフィア戦争に参加する。この時期に何度か逮捕されており、劇中でも言及されている。この抗争に対して逮捕状が出てしまい、1965年にブシェッタは愛人とともにアメリカへ逃亡する。彼は当地でピザ屋を営んでおり、それなりに繁盛していたようだが、1971年に密入国がバレてブラジルへ逃亡する。

ブラジルで劇中に登場し最後まで寄り添った妻クリスティーナと結婚。彼女の父親の弁護士事務所で働く傍ら、欧米を飛び回って麻薬密輸に関与していたらしい。1972年10月にブラジルで逮捕され、そのままイタリアへ移送された。8年間イタリアの刑務所に入っていたものの、1980年の仮釈放時に逃亡して友人ステファノ・ボンターデ、サルバトーレ・インツェリッロ、そして息子の名付け親になってもらうなど親しい関係を築き続けていたジュゼッペ"ピッポ"カロなどに匿ってもらう。映画はここから始まる。

1980年9月4日。パレルモで聖ロザリンダの日を祝っていた面々。ステファノ・ボンターデの家で新勢力コルレオーネシとヘロインの利益を山分けして抗争を回避しようとしていた。一兵卒ながらボンターデと親しいブシェッタもそこにおり、ヘロインを毛嫌いしつつも金儲けは止めないという方針をクリスティーナに伝えて呆れられていた。彼がブラジルへ行っている間、コルレオーネシのボスであるサルヴァトーレ・リイナは敵対勢力としてボンターデ、インツェリッロ親子、ブシェッタの息子たちを殺して回り、ブシェッタの友人であるサルヴァトーレ・コントルノも襲撃される。このシーンは数字を1秒毎にカウントアップしていき、死ぬと数字が止まることから、そこまでの抗争で死んだ人間の数を示していると思われる。最終的に157まで到達するので"第二次マフィア戦争"と呼ばれる一連の事件が相当激しいものだったことを伺わせる。

ブラジルにいるブシェッタは逡巡しているうち、麻薬取引の罪で逮捕される。様々な拷問を加えられるが一向に口を割らず、1年後にはイタリアに移送される。当地でサルヴァトーレ・ファルコーネというマフィア裁判を担当する判事に出会ったブシェッタは情報提供に協力することにした。

その理由は、"ヘロインによって、古き良きマフィアではなくなってしまったから"というもの。自らが築き上げた60年代のマフィアとヘロイン売買に手を出した現代のマフィアが決定的に異なり、後者はその高潔さを失ってしまったというのだ。しかし、我々が物語の冒頭から観ていたのは彼の言う"既に壊れかかった"マフィアだったし、過去のマフィアもそれほど高潔には描かれていないので、映画からは言葉以外の情報は何も伝わってこない。初めての情報提供者でしかもかなりの大物なんだが、ブシェッタの人生を大きく変える選択の割りに省略が多くて温度も伝わってこず、その凄さが分からない。

そもそもブラジルから移送されたブシェッタには深刻そうな病気があったが、それにも言及されないし、カロとの想い出や刑務所での想い出など本筋と絡まないとこで再現VTRを挿入したり、なのに一番重要なファルコーネ判事との対談を端折ったりすることで、別に知りたくもなかったブシェッタの後半生を極めて低い温度で再現しただけに終わっていた。確かに2時間半飽きはしなかったけど。

同じようなマフィア実録物で、実はソレンティーノも『イル・ディーヴォ 魔王と呼ばれた男』というジュリオ・アンドレオッティの伝記映画を撮っているんだが、あの映画では、彼の事件を取材していた記者や判事などがサクサク暗殺されていくのを超スタイリッシュに描いた冒頭や、それに続くアンドレオッティの悪事仲間が廊下を練り歩くだけでテンションブチ上がるシーン、"大臣"と呼ばれる小男がダンスする長回しなど監督の才能が爆発したシーンを大量に積み重ねることで、アンドレオッティの後半生を美化することなくある種突き放したように描くことに成功していた。しかし、本作品はこれでも数多くの固有名詞を抜いたはずなのに味気ない堅実な物語展開で、まるで伝記が喋っているかのような感覚に陥った。

しかも、問題はブシェッタの思うマフィアが死に絶えるとこから始まるわけで、それに対して"昔は良かった"と言われても知らんがなとしか言えない。ブシェッタの前半生を調べとかないと何を言いたいか、その選択が何を意味するのかを全く理解できないのだ。

最終的にブシェッタはアメリカで亡くなる。ファルコーネ判事に言ったように、"ベッドの上で安らかに"。てっきり裏切り者になるまでの話を描いているのかと思ったら、裏切り者が平和に死ぬまでの映画だった。