「わたしは、ダニエル・ブレイク」を観たとき、タイムリーだった菅元総理および自民党の「自助・共助・公助」発言と重ねてしんど、、となったのに対して、今作でアンサーみたいに響く「力・連帯・抵抗("STREN>>続きを読む
車に大興奮でどっか行っちゃう父も、どういう経緯か家でひっそり伽耶琴を奏でる日々にとどまる姉も、みんなみんな何?となるので、自然に耳を傾けよう。犬と鶏は何かを伝えてくれていそうな大騒ぎ。しっかりめの抱擁>>続きを読む
すーごい好き。特に再会からラストまでの、感情の起伏ありすぎて振り回される全時間、映画だった。リヨンの川のほとりでめちゃくちゃいい余韻とどこかぎこちない感。めちゃくちゃきれいに収まるわけはない、人生は続>>続きを読む
手から手へと渡っていくもの、を過不足なく受け渡しできればよかったのに。過不足なく?手にある物はただの物であることができない。カフェオレボウルからこぼれるコーヒー、その手の揺れ。「なぜ殺すのか」の答え。>>続きを読む
隣の席の小学生くらいのお子が中盤から爆泣きでしゃくり上げながら、ときに鼻を鳴らしながら、ときに涙でぐしゃぐしゃであろう顔を母親の右腕にうずめながら観ており、スクリーンよりもその子の物語や感受性のほうに>>続きを読む
友人・ギィが過去を語り始めるところからぐっと引き込まれる。「オ・パン・クペ」もだけど、自分と相手との間にできあがってしまった世界観にほんの小さなひと穴あけてくれる(あるいは一瞬目を逸らさせてくれる、ほ>>続きを読む
画作りと色遣いの美しさがヴァルダっぽい(手伝ってたのはドゥミの現場らしいが)。カラーとセピアの使い分け基準を破(れ)るのかどうか、と思いながら見ていた。住んでた家が目の前で解体されるのを見る女のつぶや>>続きを読む
涙が既に流れてるの他にもあったなと思ったら少女ムシェットだった、書いといてくれてありがと自分
ストーリーも画面のトーンも抑えめなのに対して、画の動きやナレーションを継ぐ語りや役者の声のトーンの立体感がある。カメラの横の流れももちろんだけど、向こう側へ出ていく動きや向こう側から上ってくる動きもい>>続きを読む
それぞれに異なる望む「家族」の形、それぞれに異なる困難、ほんと最後は自分で選択するしかない(しかし若き彼女たちに選択を迫るのがつらい)、というのも選択を避け続けた結果がこのわたくしでしてですね、、
ダ>>続きを読む
時間も虚実も再生してミックスする。でもあのアスファルトの凸凹が震災の跡だと知ると、思うところもある
テロップで言葉で示されることの違和感がいい
たしか人物が絶望したときに床に突っ伏してて、私もこの先の人生、床に突っ伏しておいおい泣くようなことがあるのだろうか
姉と対照的に妹は物分かりのいい真っ当な人間になった、なんてことはなく、姉が知らないところでいろんな葛藤や決断があって今がある(というのを観客も見てる)ということを語ってくれるシーンがぐっとくる。そうい>>続きを読む
子供のカットと羊のカットをつながれるのがつらいけど、それすらも本当に淡々としていて、映される人々の生活と同じくらいの物語性のなさ、でも作為がないわけでは決してない、リアリズムの美しさ
自分が家帰って手>>続きを読む
うとうとして、ふと目が覚めたらほぼグレーの画面の中で真っ白な人型がふわふわ動いてて、えっ何これ怖!ってなった。それで覚醒したけど以降ずっとぼやけてた、その白がいちばんはっきりしてた
哀愁、、「イントロ>>続きを読む
男子学生と女子学生たち、叔父と学生たち、叔父と教授、の間を流れゆくキム・ミニ、それはフローイング・ウォーター
「男子学生に対しても叔父に対しても、これまでのああだこうだがあったからうっすら疑いがあった>>続きを読む
他者の行動(現実/夢の中、直近/だいぶ前、自分と出会う前/後)をどう受け止めていくか。そして、振る舞いの「素直さ」について。フランクロイドライト事件がかなり効いてた。素直な振る舞いが他者を傷つけること>>続きを読む
てめえのだらしなさはてめえのせいだから!自分の価値は自分で決めて、使える物使って好きなもの買って(後半、いろいろ貼られた壁に手描きの絵みたいなのがあったのが全然わかんなくてよかった)、最後はそれらぜー>>続きを読む
あんな目立つ警告色のベスト着るなんてどういう神経なんだと思ってたらちゃんと裏返してくれてうれしかった、別の警告色になっただけだったけど。ロメールより数年早い「緑の光線」。こうやって二人で語っていくんだ>>続きを読む
「歌うだの踊るだのしてお前の愛も見せてくれ」って言ったのが強い。そこでこちらがちょっと歌い出せば、もっとでかい声で被されて、あれよあれよと最高な展開に。
あとはアイス屋さんのくだりみたいな、人生におけ>>続きを読む
(一部分についての感想)二人の最後の別れの場面、なんであんな仕方であんな空気感で絶頂の現在と絶望の未来を同居させたわけ?と、ここ数日思い返しては怒りに近い感情でモヤモヤしている。映画なら何だってできる>>続きを読む
もっとどでかいスクリーンの映画館なり上映回なりで見ればもう少し圧倒されていただろうか。語りの構造自体はおもしろかったけど、結末に向かっていくにつれて、ふつうにこんな物語はいやです。って思ったし、やめて>>続きを読む
夏にホン・サンス新作上映ないのかとがっかりしていたが、まさかの月刊ホン・サンスが始まった。good企画
「誇らしい気持ち」から「恥ずかしい」と「哀れ」とに分岐していく、二人分の詩。それをフランス語に翻>>続きを読む
言葉から離れるために旅に出て、でも最後には言葉が(言葉に?)帰ってくる、その「呼び覚まされる」感覚。まさにこの映画で目やら耳やら思考やら感情やらが呼び覚まされるのと同様に。映画という旅でもある!クラシ>>続きを読む
「見はらし」は一歩引いた俯瞰、それは表面的な部分を見ているだけのようでもあり、当事者性のなさでもあり、諦念でもあり?それが「あたらしい景色」?
のちのち見たら思うところがありそう
・クリスマスツリーにくたびれた女性の人形の磔
・「休日」じゃなくて「ストライキ」と言いたかったが、右派にも納得してもらうために妥協。目的を一つにする
・漁船で3人も参加、電報
ストライキの情報を得た女>>続きを読む
わたし今なんでこんなことしてんだろ、なんでこうなったんだっけ、みたいな、それぞれの人生の中でどうしようもなく辿り着いてしまった地点を見せていただき、ぐっとくるという体験。ありがたい
誤解、を恐れないわけでもなく徹底的に遠ざけるわけでもなく、偶然に従ってるとは言い切れない程度には考えて行動するけど、それはそれとしていったん曖昧なままで、みたいな進め方。誠実だと思った。フェリーでの行>>続きを読む
「ラーメン・ウエスタン」こと食映画でありお仕事映画、その周縁に欲望と生と死。この美意識がかなり好き。掃除機で人命救助したタンポポの「やったー!やったー!」って無邪気な言葉と、役所広司もラーメン食べたこ>>続きを読む
見てるときはヨハンナやめたげてーくらいに思っちゃったけど、冷静に考え直すとむしろヨハンネの大胆さが怖くて暴力性すら感じてしまう、時間を置いて訪れた大事な局面でも二人は再会せず第三者が介入したのも、どこ>>続きを読む
誰でも親族の1人はムンバイにいる
女性専用車両に通る風
都市の孤独は不本意なものだとは思うけど、都市で身につけた技術(ともともとの反射神経)が村でも発揮されて、結果自分の言いたかったことが言えた(もや>>続きを読む
誰にどのように届けるか、ということに向き合った結果のこの形式・構成なんだろうな。「あなたがそんなふうだったなんて失望した」とかも、それが出されなかった手紙や日記にあった言葉だとしたら、その感情だけでは>>続きを読む
このレビューはネタバレを含みます
ここ数年で夏の風物詩となりつつあったホン・サンス新作公開が今年は全然情報出てないので本作を代わりに、、
最後、自転車を見つける妻、先に相手を見つける妻、その夜の空模様を知っている夫、流れ星を見た夫、だ>>続きを読む
人物が言ったこと、言わなかったこと、曖昧に返したこと、あるいはここまでの展開で明かさなかったこと、ここでようやく明かしたこと、といった点がすごく意識されていて、だからこそ最後、能動的に意志を持って「言>>続きを読む
ずっと何もかもがおかしかったし、これが平日昼過ぎ上映の回で満席になるのもおかしい