恋人たちの失われた革命の作品情報・感想・評価

「恋人たちの失われた革命」に投稿された感想・評価

Baad

Baadの感想・評価

4.5
事前に当時そのままの映像であるという予備知識は持っていたが、観てみて、実際にも60年代の映画をそのまま今見ているような錯覚に陥った。

「大人は判ってくれない」の青年版五月革命とその後編、それをスクリーンを通して今現在目撃しているかのような臨場感のある映像である。しかも映像と演技の質は、日本映画の黄金時代やハリウッドの50年代と比べても全く引けを取らない。

この時期を題材にした映画は日本のものでは何本か観ているがそれら全てがまだるっこしく、あるいは、懐古的に見えてしまうような、直裁で力のある映像である。こういう映像はスタンダードサイズで観るのが好きなのだけれど、正しく、モノクロスタンダードサイズなのも嬉しい。

私自身が五月革命に多少なりとも興味を持ったのはつい数年前なのだけれど、それを理解するためのプラットフォームを手に入れたようでさらに嬉しい。

もう一つ嬉しかったのは役者さんたちの容姿の綺麗さだ。美人とかそういうことではなく、カメラに映える綺麗さ。
当時のフランスの警察や軍隊等行政システムの見せ方も「大人は判ってくれない」を彷彿とさせて興味深かった。

あれやこれやで前半は本当に見応えがあってこのまんま最後までいけば大満足、になるはずが、恋愛描写のほうですこし飽きてしまった。
そちらももちろん素晴らしかったのだけれど、真摯で幸福な恋愛はパターンが知れているので、やはり1時間近くがその描写に割かれているとさすがに長く感じる。この辺は、観る人に取ってどちらが目新しいかで評価が変わってくる所かもしれない。

蛇足ですが、この映画に限らず、この時代のよく出来た青春(あるいは思春期)映画を見ると本当に今の時代は子供が大人になる試行錯誤が出来にくい時代だということがよく分かります。

(2007-05-01記)
TO

TOの感想・評価

4.0
出版なんて何かを裏切る気がするから 塗装職人こそ画家だ 俺は名声も称号もいらない 無名のままでいたい 俺たちは誰もが孤独だ 署名する気もないし同行する気もない ヴァイオリン 火炎瓶を排水口に捨てた 機動隊はヒトラー親衛隊 散歩より疲れるね ナイフの手品 ランボーやボードレールも監獄がふさわしい ミュッセ 詩を教えてあげるから僕に彫刻を教えてくれ お互いの好きなものが理解できる 夜の散歩が好きだ 絶対忘れないで この瞬間を 約束して ♪This Time Tomorrow ザ・キンクス 本を手にし 少し歩いてから 他の本を見る そして外へ ドロス アヘンの燃えかす いい絵が描ける兆し 「革命前夜」観た?ベルナルド・ベルトルッチ 同じくらいね あなたに頼みがあるの でも言えない あなたの勝ち 贈呈品ほど美しくない 2年前までここに牛がいたわ お決まりの家族の写真 父の写真を見せたかったの パゾリー二映画の役者みたい 繊細な人で大好きだった だからわたしは彫刻をやめない 危ない下着 お金のため ピストル 俺は地味な方が似合うから着るのに楽しくない フラゴナールの絵のように見えるぞ 奇数は全ていい どれくらい もう二度とないほど 一生といってもそんなに長くないさ 長いほうがいい 男が心に抱く孤独感て途方もないものね リリーの涙 理想のベッド 忘却のなかにこの空を 急にわたしが開けたから 気にしないで 合言葉は 爆発 マティスの女性だ モロッコ 散歩したい気分ね アメリカへ行くわ 心も美しい人だから 送らなくていい? 私はアナキストになったわ 彗星は全速力で流れる
mare

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4.0
終始アンニュイな美男美女、時折不意に放たれるピアノの旋律、静かなる社会反抗、彼は虚しく届かない声なき声を詩に乗せて革命をいつか起こせると信じている。モノクロームの中で浮き彫りになる冗長で退屈な日々を見ていると、新しいことを起こそうとする妄想から進展せず滑稽にすら思える。何となく何かを生み落とすが将来のビジョンは見えず、何となくの小さな幸せで腹は膨れ怠惰に癒しすら覚えてしまう一種の錯覚。しかしこうして失われていく時間は何にも替えられない可能性の種であり、いくらだってどんな方向にだって歩を進めることができたという空虚な現実だけが後味悪く残る。こんな世界のせいにしてしまいたい彼らの気持ちに深く同調してしまう。
Seba

Sebaの感想・評価

-
ついに見た。
長かった、けど面白かった
スクリーンで観たかったな。
ガレルのクロースアップは、かなり寄るし多用されるのに、なぜこうも厚かましくないのだろうか。
最初の1時間と次の2時間はまるで別の作品だ
ラストの夢オチは普通に引っ掛かったわ
理想主義な主人公が現実を見ていく恋人(ヒロイン)と交差しすれちがう様、お見事
5月革命という激動の時代の若者たちを描く。

このような混乱した時期に、将来の道を選ばなくてはならない若者たち。
時代が違っていたら、このような結末にはならなかっただろうか。

人生というものは、自分で選んで自分で決めているように思うけど、実は社会の在り方に(部分的かもしれないが)強く規定されているのだ。普段はそのことを忘れている時があるのではないだろうか。

映画としてはテンポが遅く感じるけれど、実際の人間の行動としてはこれくらいだと思う。そういう意味ではこの長い上映時間も共感できるものがあった。
陰鬱というよりは、個人レベルの人生って案外このテンポだよな〜って思う

ゴダールが後で振り返って自己批判する当時の学生運動って本当にコレなんだよな〜

こういうちょっと情けない終わり方をしてしまった五月革命が、結構自分的に愛しくて好き。68年モノ。

まぁ3時間クソなげーからルイガレルじゃなかったらとっくに見るのやめてたけど笑
にむう

にむうの感想・評価

3.0
フランス/182分

【※鑑賞当時に書いたレビューのコピペです👐】

真っ暗でふかーーーいモノクロ映像で3時間。
なんだか映画というよりもとても分厚い写真集を見ている気分でした。

監督の息子で主役を演じたルイ・ガレル、モノクロの世界のなかでもきらきらしていて美しかったな〜
koya

koyaの感想・評価

4.0
「素晴らしいベルトリッチの『ドリーマーズ』に対する返答であり、修正である」・・・というのが、ニューヨークタイムズ紙の評なんですが、確かにそうですね。

 この映画はベルトリッチ監督の『ドリーマーズ』が1968年の五月革命で映画が終わるのに対して、五月革命から始まります。

そして『ドリーマーズ』で、悪魔的な美しい双子の青年を演じたのがこの映画の監督、フィリップ・ガレルの息子、ルイ・ガレルでした。
この映画でもルイ・ガレルが主人公なのですが、『ドリーマーズ』とは全く違う雰囲気の青年です。

20歳の繊細な詩人。革命に参加するけれども、終わった後の倦怠のような雰囲気の中をひたすらさまよっている・・・・そんな感じです。
革命で、暴れた若者たちに残されたのは、麻薬、阿片などで退屈をまぎらわすかのような生活・・・・そんな中で詩人のフランソワが、彫刻家の女性、リリーと出合う・・・という恋愛物語のようです。

 前編モノクロでスタンダードサイズの映画。出てくる人々は、皆、貧しい芸術家たち。
そんな中でルイ・ガレル演じるフランソワはいつも白いシャツしか着ないけれど、そのシャツの白がモノクロならではの強烈な光のように映ります。

もう、革命を「語るだけになってしまった」若者たちの間で、フランソワとリリーは近づいていく。
しかし、この映画は、華々しい、イキイキとした若者たちは出てこない。憂鬱感をパーティや麻薬でまぎらわしている退屈な若者たち。

監督自身が五月革命で運動した若者で、今、息子がその年代になったので・・・ということですが、このルイ・ガレルが、もう彫刻のような顔立ちしてるんです。
横顔なんて憂いが、もうもう・・・という美しさ。20歳の美青年詩人、なんて下手すれば滑稽になりかねないし、普通の役者には出来ないと思います。
しかし、ルイ・ガレルは儚げでありながら強烈な印象を残し、知的なムードも出しています。

貧しい若者とはいえ、皆、着ている洋服の着こなしがお洒落でお見事。
リリーとフランソワが道を歩いている、というシーンだけで、とても綺麗な絵になっているのです。

 『ドリーマーズ』は革命へどんどん若者は流れていくけれども、この映画では、若者たちにハッキリとした行き先が明示されない、という所が、本当に体験した監督による修正、なのだと思います。
共通点はあるのだけれど、全く別の映画で比較のしようがないですね。
ooospem

ooospemの感想・評価

4.5
こちらも「5月」映画。1968年、フィリップガレルは20代だったはず、映画を精力的に撮り始めたのは10代の頃だから、革命はこの180分の大作を撮るにはじゅうぶんな刺激だっただろう。ルイガレルを始めとした若者たちは、仲間たちと街に出て抵抗運動を起こしつつも、生活では厭世的な態度を一貫しており、それがなんだか反骨精神旺盛な若者たちのリアルをそのまんま写しとったようで、生々しくてぐいぐい惹き込まれた。彼らはある意味でこれ以上ないほど自然体で生きていた。ラフで、タフで、勉強熱心で。派手に表には出さないけど、皆自由と解放を心から欲していて。遊びもする、表現もする、背伸びしない。それがすごく魅力的だった。多分あの渦の中にいたら、部屋の中で何でも調べられる今の世と違って、それこそ街に出ることが世界に出ることであって、仲間との交流が何よりの刺激で人生そのもので、その中でどうにか良い方向へと押し出そうとする、そうなるんだと思う。その等身大さが、ある意味でグローバルでないということが、ものすごく楽しそうに見えた。得体の知れない若さゆえの気のはやり、それゆえの現実とのギャップやるせなさ倦怠、そう、そうなんだよ。いやそれこそ50年前の出来事をデジタル画面で観てるこの環境だからこそ言える感想なんだと思うけど。それが、どうしようもないことなんだけど。でもね人生20年そこそこの私たちが抱く、わけもない焦燥や反骨心や向こう見ずな衝動は、何年経ったって共通だと思うの。それをそのまんまリアルに焼き付けてくれたガレル親子には本当に、感謝や憧れを超えてシンパシーを感じる。感じさせてください。私たちは最高の年頃を生きてるのかな。
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