無言歌の作品情報・感想・評価

「無言歌」に投稿された感想・評価

カラン

カランの感想・評価

4.5
ゴビ砂漠に近いところ、右派であると共産党に断定された人々が集められることになった強制収容所が舞台で、おそらく1960年くらいの話し。ソクーロフの『日陽はしづかに発酵し』で描かれたトルクメニスタンの砂塵の世界に似ていないこともないが、『無言歌』の世界は、ソクーロフのようなu-topia、この世のどこにもない空間、を視覚化しようとする芸術なのではなく、むしろありのままの現実を現実として受け止めようとするための芸術なのであろう。

何しろ、この映画に出てくる収容所を作った連中がいまだに政権を握っている国家についてなのであり、毛沢東の生誕100年の際にはマオイズムを喧伝するようなグッズが流行するという社会についての映画なのだから。だから監督のワン・ビンの立場は、『日陽はしづかに発酵し』を撮った時点で、少なくとも部分的には雪解けを迎えていたソクーロフとは状況が違うのである。何が本当なのか?という問いが封殺され、場合によっては収容所送りになるなどということが少なくとも50年ばかり続けられてきた社会なのだ。だから、私がこの映画を視聴し始めてからずっと感じていたのは、この映画を中国共産党は許容しているのか?という疑問だった。しかし、映画の公式サイトを見たら、その疑問に対する答えはあっさり書かれていた!「中国では公開禁止」であるらしい。あっ、そう。まあ、そりゃ、そうなんだろうが、厚顔無恥というのか・・・『惑星ソラリス』でもクリスが「人間は恥がなければダメだ」って言ってたぞ!

荒涼とした荒地で、生き物がおよそ生息できるとは思えないようなところに穴が掘られていて、そこが寝ぐらになる。脱走しても家に帰れるとは思えないような、何もないのだが、むしろ何もないことが無限の牢獄を形成しているような土地である。同じゴビ砂漠が登場する『ウェイバック』では、確かに熱砂の砂漠も長々と描かれるが、脱出のスタート地点は天然の監獄としてのシベリアの収容所が舞台であり、雪だの森だの狼だのもあったわけだし、ヒマラヤだのインドの丘陵に沿った緑の畑だとかが色々あったわけだが、『無言歌』のほうは砂と空以外には何もない。

この映画の空はジャケ写のとおりで、限りなく澄んでいて、視聴者にとっては、この空の青だけがこの映画の唯一の慰めなのである。しかし、この映画の登場人物の誰一人として、空の話しなどしないし、全員が砂漠に縛り付けられて、砂の下に引かれていって、風化していく。もし少しでも生の痕跡が残っているのなら、砂の下から掘り起こされて、食べられてしまう!だから空の青を除けば、人間的なものは全部、砂とか塵とかに消えていく。だから、この映画では、澄み渡る空は、チューリップの歌じゃないが、皮肉なくらい青いのである。「オー、ブルースカイ、ブルースカーイ、この空の明るさよ。なぜ、僕のこの悲しみ、映してはくれない。」


あまり詳しくないが、簡単に時代背景についてメモを書いておく。ベルトルッチの『ラストエンペラー』では、さしたる政治手腕もない愛新覚羅溥儀が、大国を授かるも、その分いっそう歴史の荒波に翻弄されるさまが哀愁たっぷりに描かれたが、その映画の裏側では、1920年代には既に始まっていた蒋介石率いる国民党と毛沢東が属することになる中国共産党による覇権争いが連綿と続いていた。

毛沢東は日本軍と組んだり、アメリカと組んだり、無論、旧ソ連と組んだりと、表面的には人民の解放を謳いながら思想無き策謀を凝らして、しまいには蒋介石を台湾に追いやることに成功する。毛沢東が中華人民共和国の建国を宣言したのは、国共内戦の終わりが見えてきた1949年のことである。その後、実権を握った毛沢東は反右派闘争と呼ばれる、共産党と自分に対する抵抗勢力の粛清を強力に推し進め、ヒトラー、スターリンと共に世界三大大量殺戮者の面目躍如といった凶悪さをいかんなく発揮していく。

こうした反右派闘争の一環で、この映画『無言歌』の人物たちも投獄されることになった。その後、中国の経済発展を狙った大躍進政策を推進するも、これに失敗し、1958年からの数年の間に1千万から4千万人の餓死者を出したという。この人災としての飢餓が『無言歌』の囚人たちにも及び、ゴビ砂漠で食料が断たれて、他人の吐瀉物はおろか、死体まで食らうという描写にまでつながる。この失策で、権威を失墜した毛沢東は、悪名高き「文化大革命」、略称、文革に乗り出し、「自己批判」とかいうどこかの大学や山荘でも連呼されたであろう名称の、集団リンチと破壊と殺戮に闘志を燃やす傍若無人の若者たちとともに、権力の再度の奪回に向けて邁進する。1966年頃のことであった。同年に、『華氏451』という焚書を巡るSFを撮ったトリュフォーも、さぞや驚いたに違いない。いや、フランスの知識人は左側に対して賢明とは言えない時があるからな。毛沢東はマルクスを歪曲して利用してるだけで、思想などありはしないのは確かだが、うーん、看過してはいけないレベルなのではないかな。もちろんアメリカのようなレッドパージが正しいなどとは思わないが、フランスは馬鹿みたいに礼賛する時があるからなあ。うーん、トリュフォーの政治的立場は知らんが、そんな立場とか党派を超えて、人として驚きと反発を感じたのであってほしい。
ワンビン監督のドキュメンタリー作品が見たかったのだけど、これしかレンタルなかったので観てみました。挿入歌は一切なく、音声マイクには広大な砂漠に吹き荒れる風音と、涙交りで僅かな生気で絞り出す唸りのような男たちの声。。ドキュメンタリーに近い感覚で見れました。

毛沢東が自由な政治批判を歓迎していたと思ったら急に掌を返し、政治批判をしていた人たちを右派として弾圧する目的で、ゴビ砂漠の強制労働収容所へ連行…ろくな食料もないまま働かされ、毎日毎日病人が増えては死んでいく…こんな歴史、映画を見るまで全く知らなかった。

原作小説があるらしいのですが、監督自ら中国全土の生存者を探し出し、リサーチした実話が盛り込まれているということで…前編通して過酷すぎる状況が映し出される。

とにかく飢饉は想像を絶する。空腹のあまり、○○物を食べるシーンは思わず目をそらしてしまった。

こんな黒歴史に、国は蓋をするしかないだろう。本作は中国政府に無断で撮影&カンヌ出品したことで5年も映画製作禁止されたそうで…自身の映画人生を掛けてまで作られた監督のその想いに圧倒された。真実に蓋をしてはいけない、目を背けてはいけない、そう受け取りました。

頻繁に挟まれる遠くから人間たちを撮るショットは、ただただ大地と空が美しく見え、目の前の状況がさらに虚しく見えた。
てぃだ

てぃだの感想・評価

3.5
 国家に逆らった者は「思想矯正」という名の強制労働を強いられ死んでも墓標さえ立ててはもらえない。広いゴビ砂漠の真ん中で夫の死骸をひたすら探し続ける妻のエピソードが強烈。食べ物もなく飢えに苦しむ世界のため、他人が吐いたゲロすら勿体ない勿体ないと食する人間の姿に絶句。
 とても衝撃的な作品だ。あまり歴史の中で日の目を見なかった事件に焦点を当てている、ということもある。だが何よりも収容所での男達の生活の悲惨さがすさまじい。
 当時中国は飢饉に襲われていたようで、収容所の人々はただでさえ少ない食事を減らされ満足に動くことも出来ない。腹を満たすために草の実を食べ、ネズミを煮て、人が吐いた物さえも食べる。挙げ句の果てには死体をも食べる。究極の極限状態なのだ。そんなときに温かい麺をすする所長には怒りを覚える。
 この通り、「無言歌」が観客に与える衝撃は口では言い表せない物がある。だが欠点もある。映画はドキュメンタリータッチの乾いた映像を淡々と映し出していくのだが、本当に淡々としているために登場人物達の思いを最後まで捉えることが出来ない。あくまでも第三者の視点なのだ。あらすじには「ある女の訪れが男達に変化をもたらす」と書いてあるが、これも映画の中の1エピソードにすぎない(唯一の「変化」はこれだけかもしれないが)。人の心を揺さぶるにはもっと映画的な「事件」を盛り込むべきだった。
 とはいえ、この収容所の生活がすでに「事件」でありあまりにも異常なのだ。僕が一番思い出すのは収容所の朝のシーン。毎回、管理人らが死者の有無を確認しに来る。これ以上に狂った日常などあり得るのだろうか。
 今一度、「自由」の意義を問いただす必見の作品である。
(12年1月8日 映画館 4.5点)
堂ノ本

堂ノ本の感想・評価

3.0
所々ですげぇショットはあったものの、睡魔に負け、二回鑑賞。オルミの緑はよみがえるに似てるか?砂埃、逆光、食への執着。時間の芸術である映画において、停滞に着目したワンビン。何も起こらない世界で、ただただ青い空とどこまでも見える地平線が悲しくて悲しくて。
Osamu

Osamuの感想・評価

4.0
感情が無くなった。

1960年中国、右派収容所の話。

人間は間違える。だから仕方がないのかもしれないけれど、かなりキツいことになっているよ。誰かの間違えで迷い込んでしまった狂った世界を観た。

碧い空と褐色の大地。光と陰。風、渦巻く砂ぼこり。異空間を表す映像が美しい。
イチ

イチの感想・評価

4.0
おっさんが吐いたゲロの中から別のおっさんがコーン?を探し出して食うシーンがこびり付いて頭から離れない
ほし

ほしの感想・評価

4.0
距離感はいつも通りだがどうしたらこんなものが撮れるのか思案しているともう1人の和鳳鳴が時空の裂け目から現れる。かつてそこにあった人を撮ることはフィクションに特化した行為か。
人間性すら乾き切る過酷な環境下で、しかし乾かぬ涙の尊さ。強風に煽られ砂まみれになろうとも、愛に渇いた女は夫を探す。
ubik

ubikの感想・評価

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苦い銭よりこっちがいい。最初はスコップで砂を放り投げる様子とか、映画的だなぁと惚れ惚れしてたが、こんな凄惨なかんじとは。