蜂の旅人の作品情報・感想・評価

「蜂の旅人」に投稿された感想・評価

難解で陰鬱な映画である。
ミツバチは女王蜂だけが旅立つ、後の蜂は犠牲になるだけだ、ということが冒頭、意味深に語られる。初老の男が蜂の巣箱を車に載せ、ギリシャ国内を南に旅立つ。前に中国でやはり蜂箱を持って南に旅する養蜂家を追ったドキュメンタリーを観たことがある。養蜂家は蜂のために花を追って南に行くのだそうだ。それは暖かな希望を追って行く人生の旅路にも似ている。
出発日、男の娘が結婚をするが、男に笑顔はない。家族の誰にも笑顔がない。娘自身にも。どうやら老夫婦は別れる気配である。男は歳月に疲れ、愛を失くしてしまったようだ。
男は旅の先々で旧友に会う、皆が過去を懐かしむが、希望は過去の幻想の中だけにあり、誰にも敗残の影が漂っている。そして、それが老いたる文明国ギリシャの国自身の命運と否が応でもだぶらせられる。
<唐辛子の木に登って 唐辛子を取ろうとした 唐辛子の木は折れて 手の中はからっぽ>
という歌が度々口ずさまれる。男の人生は徒労であり、ギリシャの近代の苦闘も徒労であって、何も残らなかったと暗示させる。
男は旅の途上で若々しい女と出会う。女に振り回されるが、刺激を受け、妻を連れ出そうと試みるが、妻との凍りついた愛は戻らない。若い女を連れ出し、交わるが、女は自分だけが旅立つという。そう、まるで一人だけ旅立つ女王蜂のように。
テオ・アンゲロプロスは『ユリシーズの瞳』を観たことがある。同作品も壮大な徒労の最後にほんの少しだけ、私は希望の片鱗を見た。
同じように本作においても、たとえ残った者が皆、犠牲になったとしても、若き女王蜂が旅立ったことには徒労の意味があり、希望があるのではなかろうか。
ミツバチは人間の世界のように組織だった擬似的な社会性を持っているので、『ミツバチのささやき』や本作のように暗喩性、暗示性に富んでいるのかもしれない。そんな事も考えさせられた。
ツタヤDISCAS視聴。
新田畳

新田畳の感想・評価

3.3
疲れ切った老人は今までの生活を捨てた。
旅の養蜂業を始めるも彼の行く先々に自由や気ままさなどはなかった。

目の前に現れた前途ある少女はアメリカの流行り歌に身を任せて、ここではないどこかを夢見、ヒッチハイクをしながら男を股にかけ旅を続ける。
貞操観念も緩く、情緒も不安定なその様は自立した女性を謳う流行歌の歌詞とはおおよそかけ離れたものだった。
そんな彼女の"青春"を眺めながら老人は何を思ったのだろうか。

自分が青春に参加するには老い過ぎていること。若く愚かしいことへの嫌悪と羨望。女の行く末への憂い。世界に対する絶望。

老人の最期のモールス信号は虚しく黒い土を打つ。
マルチェロに散々待たされて屋台で呑んだくれて、やっと帰ってきたマルチェロの手に齧り付く野良犬のような若い女。いつのまにか音楽が不自然に爆音になっている。
saeta

saetaの感想・評価

3.8
続けて鑑賞して来て傑作も多かったアンゲロプロスの映画だが、主題も含めやや弱い作品だったように思う。
これマストロヤンニが出ていなかったら、どうにも締まらなかった作品だったんでは。
マストロヤンニが出てるせいか、ちょっとアントニオーニ的な黄昏た男のイメージもあり、アンゲロプロスの映画にしては珍しく菜の花が咲く陽光注ぐショットもあったりで、全体的に違和感のある映画だった。
SH

SHの感想・評価

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いろいろシーンはよく覚えているんだけど、なんとも言えない。もう一度映画館で観れたらいいな。
アンゲロプロスのシニカルな自嘲と見えるのはわたしだけでしょうか? テオ・アンゲロプロス「蜂の旅人」

スピロさん、少し早まりすぎです。
何も急いで開放する必要はないはずなのに。

発ちたい者は自ずから発つものですし、ご自身さえ無理に発つのを急ぐ必要もなかったはず。

うつ伏せのスピロは現実に交通事故で命を落としたアンゲロプロスそのままと重なりました。
goodbye

goodbyeの感想・評価

3.9
ここではないどこかへの旅は、朝日を浴びて美しく始まるが、それを続けることはどこにも居場所がないことでもあり、徐々に主人公が自己を見失っていくようであった。
老人は朽ち、少女は飛び立ってゆく。
あ

あの感想・評価

3.9
終わり方とか旧友に会うところは好き
後半の展開、描きたいテーマは理解できるし、人間だから、、、と思いつつも飢えたおじさんに見えてキツかった
霧、砂埃、煙草の煙、照明の靄と連鎖していく「煙の主題」が、蜂の大群として結実するラストシーン。死を前にした老人の傷は、何物によっても癒されることがない。彼にできるのは、自分が失った自由を他者に与えることだけだ。
ENDO

ENDOの感想・評価

4.0
初老の男が、家族や職を捨て、祖父や父がやっていた養蜂家になる。逃避がそこには含まれる。メランコリー。

そこに自由に生きようとする性的にも奔放な少女があらわれる。しかし彼女も逃避家なのだ。

2人はいつしかお互いを求め合うようになる。

手の演出。反乱軍時代のコミュニケーションとしてモールス信号のようにテーブルを叩く。マストロヤンニの手を血が出るほどに噛む女。そこに長回しで徐々に寄っていくカメラ。間際の手の痙攣とも思える動き。

主人公はイタリアを代表する俳優マルチェロ・マストロヤンニ。
アントニオーニの『夜』はテオに影響を与えた一本で、彼はそれに主演していたからだ。企画のきっかけはスウェーデンの小説家ラルス・グスタソンの『養蜂家の死』。

ギリシャの政治は常に、イギリスやアメリカの影響を受け、混乱を招き、国民を抑圧してきたが、独裁制があったときは、世界を変えられる希望があったらしいが、政府の崩壊とともに、希望も霧散してしまったという矛盾が映画に満ち溢れている。
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