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「真昼の決闘」に投稿された感想・評価

いの

いのの感想・評価

4.3
おもしろい!
「パン屋を襲う」を再び読んでいたら、こんな文章に出会った。
-我々は手に包丁を持ち、商店街をゆっくりとした足取りでパン屋まで歩いた。『真昼の決闘』みたいな感じだった。ゲイリー・クーパーをやっつけにいくアウトローたち。-

これは観なければ!

 ↓
しかし、どうしてこの映画を観ることにしたのか、そんな理由を吹き飛ばしてしまうくらい、わたしは今作に魅入っちゃった。


ミラーが町に戻ってくる!
なんとなんと、凶悪犯罪人で名高いミラーが釈放されたのだという。そして彼がこの町に戻ってくる!


ミラーをお迎えするために、駅でひたすら待っている3人の男たち。〈うわっ、レオーネはきっとこの映画に影響受けたんや!〉〈しかもリーバン・クリーフ出てるやんけ!〉


かつてミラーを捕まえたのオレやんけ!
いち市民ケーンでもあり保安官ケーンでもあるゲイリー・クーパーは、何としてもミラーを討ち取らなければならない。ミラーが町に戻ってきたら、平穏な市民生活は崩壊する。そしてミラーはこのオレにも間違いなく報復してくるはずだ。オレちゃん今まさに結婚式挙げたばっかで、これから若くて美しい妻とのイチャコラが待ってたのに(違う)(違わない)!


保安官ケーンは、パン屋襲撃ならぬ、町襲撃に備えて仲間を募るのだけど、町の人達の反応がどうにもこうにもパッとしなくて。そして、ここからが映画の見所だ。仲間が増えず、圧倒的に不利な状況下で、「逃げ出すわけにもいかない」と、自分の命がどうなろうとも、やるべきことを貫徹すべしと働くさまは、「3時10分~」の映画も思い起こされ、~いや逆だ~、今作がのちに多くの映画に多大な影響を与えたであろうことが想像できるので、自分で勝手に作品を繋げては想像して合点いきまくりをくり返してコーフンする有り様でw。


町の人達の態度が大変に興味深い。「だからこれは我々の問題なんだ!」と、白熱教会教室での議論は面白くてしかもズッコケたしw、観る者に〝君は傍観者で良いのか?〟という問いを突きつける。誰が保安官の味方になっていくのか、何人が味方となっていくのか、興味は尽きないし、またその間の保安官の心情も察してあまりあるし、そこに新妻やら、かつての女性やら、まあとにかく面白い。


そしてどうなったかは、観てのお楽しみ。


余計な言葉が一切ない終わり方も潔い。



 *
ちょこっとジャック・イーラムが出てくる。うわっ、ここにも「~・イン・ザ・ウエスト」との繋がりが!(いの、大喜びw)




〈追記〉
丁度良い機会だと思って「パン屋襲撃」も読み直した。こちらの文章は以下の通り。
-我々は手に包丁を持ち、商店街をゆっくりパン屋まで歩いた。「真昼の決闘」みたいな感じだった。歩くにつれてパンを焼く匂いがだんだん強くなっていった。-
TP

TPの感想・評価

3.5
★1984年に続き2回目の鑑賞★

 西部劇をベースにはしているが、誰も手を貸さず孤立する元保安官ウィルを通じて描かれるのは、事なかれ主義、無根拠の何とかなるだろうとの気持ちから楽観視する住民という人間の浅ましさであり、現代にも通じる普遍性のあるシリアスなドラマであるのだが、保安官補佐とのけんかの後、差し迫る時間の中で理髪店でキレイにしてもらったり、銃撃戦はあっという間にほんわか終わってしまったりと緊張感がなく、ちょっとだれた内容に感じてしまう。

 本作が大作デビューとなる当時23歳のグレース・ケリーは美人で可愛いという魅力を発散させてはいるが、初老のゲイリー・クーパー(といっても当時51歳。その割に老けている)と年齢的に不釣り合いの美しい若妻という、当時のハリウッド映画に見られがちな不均等夫婦に違和感があり、また、とてもエレガントな女性が片田舎でなぜ初老の花嫁になるのかも現実味が甚だなく、全体的に古さを感じてしまう。
 1984年に観た時の評価は4.5だったが、もう一度観たいとは思わないため3.5が妥当と思う。
面白かったけど、戦闘シーンが割とあっけなかった。
絶対負けるって、絶対負けるって、……勝った、終わり。みたいな感じ。
あのメキシコ人て美人なの? そういう感じなの?
民衆さん、蛆虫が過ぎる。

小泉純一郎がこの映画を偏愛してるというのは皮肉だが、悪い意味でも合点がいく。
一番の見所は元恋人vs妻の場面なので主人公はG・ケリー。
ディミトリ・ティオムキンの音楽は素晴らしい。
若き日のリー・ヴァン・クリーフの頭髪が見たかった…
「あなたは男前で肩幅も広いけど、それだけで男になれないわ。」

息子ジェフ・ブリッジズにクリソツで、『ブローン・アウェイ』ではその息子の前で爆散する親父、ロイド・ブリッジズが婚約者言われるセリフ。うーん、妥当!

『アウトランド』の元ネタと聞いて鑑賞。
いやあ、めちゃくちゃそっくりだったわ笑

引退間近で結婚式最中の保安官に、昔逮捕した死刑囚が釈放されたとの知らせが入る。しかも今から約90分後の「正午」に到着する列車に乗っているという!
お前それ絶対復讐だろ!ということで、町民たちの提案から1度は町を去るものの、正義感と責任感から町に舞い戻る保安官だったが…

本作の傑作ポイントは2つ!

1つ目は、上映時間と作品内の経過時間がほぼ同じであるということ!

60年前に『24』を先取りした革新的作品であると同時に、迫る殺し屋のタイム・サスペンスが否応なしに後半を盛り上げる!
この90分てのが良いよね!何するにしても長いとも短いとも言えない、絶妙な時間だと思う。

2つ目は、ヒーロー不在の西部劇であるということ。

保安官が町に戻るも、肝心の妻は宗派から暴力に反対し、彼の元を離れてしまう。
仕方なく1人で仲間を募るも、町民たちからは「何で戻ってきたんだ!町のために出てけ!」と非難され、部下には居留守を使われ、勘違いから殴られる。
結果、戦える者は誰一人として助けてはくれず、唯一仲間だった者でさえ、家族を理由に逃げ出してしまった。

この時、町民たちの人間臭く真理を突いた言動と、ゲイリー・クーパーの哀愁漂う何とも言えない顔の対比が好き。『アウトランド』とは異なり、主人公が普通で中年の保安官てのが、ドラマ性をより際立たせていました。
終いには保安官、突っ伏して遺書まで書いちゃう笑

ちなみに『リオ・ブラボー』は、この保安官が気に入らなかったハワード・ホークスとジョン・ウェインによるアンチテーゼ作品らしい。個人的には本作の方が好き。

クーパーさんの新妻役にデビュー2作目のグレース・ケリーが出演してるけど、さすがモナコ公妃!美し過ぎる!!!しかもこれがまた、できる嫁なんだわ…

同じくデビュー2作目のリー・ヴァン・クリーフが殺し屋の1人に扮しており、この人もこの人で画質悪くともわかるイケメンでした!全然セリフ無いが笑
牧尾

牧尾の感想・評価

4.0
これはすごい。
赤狩りに対してだけでなく「いつの時代にもある問題」と言うのは納得。

でもこれは西部劇というジャンルではない気がする。
よくこんなものを1952年に作ったな。
さぞかし嫌われたことだろう。
主人公含め、なんか嫌な面目立つ人間しか出てこないし。
僅か90分の間にいろんな事があるもんだ
ボケっとしてたらアッとゆー間に過ぎてしまう90分もあれば、こんなに濃密な90分もある
結婚式の為のキレイな洋服が90分後には血と汗で汚れ泥と埃まみれになる
冒頭でいきなりリー・ヴァン・クリーフが登場
これだけで嬉しい
結婚式を終えた保安官の元にヤバい知らせが届く
彼に恨みを持つ凶悪犯が釈放され、お礼参りにやって来る
さぁ大変
保安官は迎え撃つ事を決意、町の人々に協力を仰ぐが誰一人として力を貸してくれない
保安官はたった一人で凶悪犯一味に立ち向かう
ガンファイトシーンは壮絶
ホントに撃ち合ってんじゃね?と思うくらいリアル
戻ってきた嫁の助けもあり何とか敵を倒した保安官
ラストは「ダーティハリー」と被りますね、こっちが遥かに先ですが
ゲーリー・クーパーは当時50歳、今なら未だ現役バリバリの年代ですが、その頃は初老扱い
ヒーロー然としないヒーローを生々しく演じております
嫁役のグレース・ケリーは抜群に清楚でかわいい
クリーフの他にも大好きなジャック・イーラムや若すぎて唖然とするくらいのロイド・ブリッジズなども出てます
Shizka

Shizkaの感想・評価

2.6

このレビューはネタバレを含みます

一件保安官は町の誰からも親しまれているように見えるが、実はエゴイスティックで、誰よりも決闘を望んでいるように見える。

もちろん彼の心中では「奴らが戻ってきたら町はまた荒れるんだぞ」と思っているから無理にでも残って決闘するんだろうが、それを説得できてない。

町の住民の中には悪党?が戻ってくるのを歓迎しているフシもある。ここに、保安官っていい奴なのか?という疑問が浮かんでくる。それがこの映画最大の見どころだ。エゴか街のためか妻のためか、、しっかりと判断できていないところにヒーローっぽくない、人間くささが出ていてとても良かった。が、

決闘がトロくさすぎる。モタモタと何をやっているんだか。演技すぎるし、魅せる描き方もされていない。モタモタモタモタと何だかねえ、臨場感がまったくないぜ。

リアルに時間が経過する、ただのレールのカットを何度も見せることで不安を煽る、いろいろな心理描写が描かれているが、決闘が始まったらもうこの映画はダメだった。
第25回アカデミー賞(1952)主演男優賞、編集賞、劇・喜劇映画音楽賞、歌曲賞の4冠に輝く西部劇嫌いのための西部劇といわれた、赤狩りの暗喩と皮肉をたっぷりと含んだハリウッド暗黒時代の大切な記録。

赤狩りの裏設定なんて言われないと全くワカラナイ…これは町山氏の解説で熱く語られているので、そちらを是非聞いてほしい。

物語の時間と、実際に進む時間に然程差がないというリアルタイム映画の傑作と言われている。
これを考えたのが脚本のCarl Foreman。
赤狩り旋風がハリウッドに巻き起こるなか、誰も弱き者を救おうとしなかったことに端を発してこの脚本を書いたカールフォアマン。

当初、原作というものはなかったのだが、脚本を書いた時点で、どうも似たような話が小説であるので、訴えられる前に先に映画化権を買って、その後に原作に脚本を近づけたという…

Crosby, Stills, Nash & YoungのDavid Crosbyのお父さんであるFloyd Crosbyが撮影監督。

音楽は西部劇の帝王であるDimitri Tiomkin。
主題歌の"The Ballad of High Noon"が歌曲賞も取り流行したんだとか…歌詞が映画のストーリーを語っているのだが、初見では何のことかワカラナイからねぇ…


当時すでに落ち目であったGary Cooperであるらしいが、それは腰をやってしまってアクションができなくなったのと、妻子持ちであるにも関わらずPatricia Nealと不倫関係に。(当時クーパー46歳、ニールは21歳)クーパーの妻はカソリック信者で離婚に応じなかった為、子供を中絶せざるを得なかったと…。このスキャンダルで落ち目になったとか。

スキャンダルひとつで落ち目になってしまう人気商売の大変さは、いつの時代も変わらないのか…


製作段階から歳の差が離れすぎているということでキャスティングミスだと言われていたらしいが…

実際にグレースケリーとSEXしてたと嬉しそうに語る町山氏。なんでそんなこと知ってるんだ?



クエーカー教徒
プロテスタントの主流派に属しているが、多くのクエーカー教徒たちは、自らの教義をプロテスタントでもカトリックでもなくキリスト教第3の教義だと考えている。

これはユダヤ教を暗喩しているらしい。

セリフで言ってるわ…

冒頭部分

ゲイリークーパーとグレースケリーの結婚式。歳の差があり過ぎて気持ち悪い。30も上!なんか身売りしてるみたいでイヤだね。しかも、前段が全くない状況で、いきなり結婚式から始まるから関係性が見えず、まさに身売り感が漂う。

女性の地位が蔑ろにされてるような感じがして、不快である。

ジジイがキスをねだってんじゃねぇ…

茶番劇。慌てて町を出といて、やっぱり戻る。
この変り身の早さ…呆れてしまうほど唐突だし、心情の変化に至る理由も、「これまで逃げたことはない」という訳わからないもの。

それくらいなら、初めから町に残っとけよ!

彼女のために町を出たんじゃねぇの?
なのに、自分のためだけに戻るの?
逃げたことないという一点張りだけで?


町に戻ると…

ウィル
「仲間と一緒に僕を捜しに来るはず」

エイミー
「だから逃げましょ」

ウィル
「平原で二人のところを四人組に追われたら?」

エイミー
「1時間あれば…」

ウィル
「どうせ追いつかれてしまう」

何の根拠で言ってるの?

ウィル
「一生、逃げ続けるのか?」

何の根拠で言ってるの?
なんで向こうの気持ちが分かるの?

その男は心底で俺を憎み、地の果手まで追いかけてきて、絶対に復讐してくるんだ!そういう男なんだ!という自分と相手との関係性を見せないと全く説得力がない!ただ上っ面の言葉だけで語ってるだけだから、阿呆にしか見えない。
エイミーが至極真っ当なことを言っていると思うのだが…

女囚さそりシリーズの梶芽衣子級に復讐心を増幅させてる人間が娑婆に出てきたら…そりゃ狙われますよ、間違いなく!ここでやっと、「一生、逃げ続けるのか?」というセリフが生きてくるのだよ。

相手がどんなヤツか、自分のことをどう思ってるのか全く見せないで、右往左往されてもね…

エイミー
「居場所を知られなきゃ大丈夫」

GPSもスマホもない、まだまだ世界が広い時代なんだから、エイミーの言う通り余裕で逃げれると思うのだが…。

エイミー
「お願い…行きましょう」

ウィル
「ダメだ」

エイミー
「ヒーローになろうとしないで!」

おぉまさに!仰有る通りじゃん!

ウィル
「好きでやってると思ってるのか?ここは僕の町で友達もいる。武装隊を組織すれば何も起こらないさ」

なんという言い草…ツカミからして失敗だし、主人公に嫌気がさしてしまう時点で見る気になれない。感情移入できないし、応援しようとも思えない。

エイミー
「そんなはずない」

ウィル
「ここで片をつける」

なら、なんで一回逃げたの?だったら最初からそう言えよ!そっちの方がまだマシだったな…

ウィル
「すまない。気持ちはわかるよ」

エイミー
「本当?」

ウィル
「君の信仰に反するのは分かっている」

え?信仰心の問題?!そんなこと関係なくて、あなたの言ってることが支離滅裂なんです。

エイミー
「でも戦うのね?…結婚したばかりなのよ。未来が私たちを待っているわ」

ウィル
「時間がない。忙しいんだ!」

おい!ますます、この男を応援できない!こんな男がグレース・ケリーと結婚できるわけないだろ!男としても何の魅力もない、ただのジジイで不躾なヤツと結婚するエイミーを見てると、どうしても身売りしてるようにしか見えない。言ってることもマトモなのはエイミーだし。

ウィル
「ホテルで待て」

エイミー
「いいえ待たない。夫が生きるか死ぬか1時間も待つの?そんなの耐えられない。一緒に行かないなら正午の列車で去るわ」

なぜ1時間?その算出方法は?んで、この正午の列車もよく分からない。娑婆に出てきた三人組も正午の列車を待ってるんだよね?これって同じ駅のこと?違う駅?このいまいる町から駅まで、どれくらいの距離感なの?

ウィル
「僕は残らねば…」

馬車で立ち去るエイミー。


次のカット、駅で切符を買うエイミー。
そこには三人組がいる。え?ホントに意味わかんないんだけど…ってことは町から駅まで全く遠くないよね?!え?なら三人組は列車を待ってどこに行くの?復讐とは無関係じゃね?

これ三人組は、正午に到着するボスが乗ってる列車を待ってるのだ…と、やっと理解する。
いや、これ分かりにくいよ。

酒の調達に町の酒場まで来た三人組のひとり。
そこでウィルと鉢合わせるも、睨み合っただけで何も起きない。なんやねん?復讐は?別に何も起きないやん。で三人組は、どこに向かうの?これなら、保安官に戻る必要もないのだが…つか個人的な怨みなら、保安官に戻っても戻らなくても、一生追ってくると思うのだが…

なんかわちゃわちゃしてきて非常に見づらい。

駅で待ってるのは罪ではないと、彼らは何もしてないから逮捕できないと言うウィル。しかし、ボスと合流して復讐カルテットが揃って町に現れるとウィルから先に発砲する!
ウソでしょ?!ただ四人で歩いてるだけなんですけど…


体格がいいからって男らしいと思うなよ…これはジョンウェインのことを言ってる!って町山さん…わかるかよ!そんな裏設定。

町山さんの解説で、すべて知ると全然印象変わってくる…

下院非米活動委員会に呼び出されても、仲間を売らず黙秘を貫いたカール・フォアマンは、ハリウッドに居られなくなり、バッジを叩きつけて町を去るウィルと同じように、映画の撮影が終わるとイギリスへ亡命する。


反・真昼の決闘として作られたのが"Rio Bravo"(1959)なんだとか。監督のハワードホークスもゴリゴリのタカ派で、ジョンウェインと反共コンビで誰も助けない映画の反対バージョンとしてリオ・ブラボーを製作したとか…そんな流れがあったのか…
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