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「ペトルーニャに祝福を」に投稿された感想・評価

hibiya1975

hibiya1975の感想・評価

3.5
マケドニア共和国映画って多分初めてだろう。
緊張と緩和のバランスがとても良い。
後半、関係者を全て一箇所に閉じ込める展開も良い。
主演の女性の眼力凄し!

言われてみれば「神事」と言われる行為に於ける女性排除は世界何処でも当たり前に存在している。毎年ニュースになる、神社の境内のかけっこで「福男(フクオトコ)」決めるのなんて最たる例だと直感した。あと「神事」の衣を被せた我が国最大のバカ興行「大相撲」も。
pino

pinoの感想・評価

4.3
もっとマイルドな感じを想像していたので予想外にキレッキレで面食らったけど作品から滲み出る怒りは凄かった
まさか、あの整然とした岩波ホールに2バスベタ踏み系HRが響きわたるとは…笑
監督の反骨精神の表現なのか

差別を正すために奔走するレポーター
的を得てないようで彼女の役割がちょっと掴めなかったけどあれはそういうキャラ設定なのかな?
ちぴ郎

ちぴ郎の感想・評価

3.8
めずらしくこの邦題ぴったり!ペトルーニャの大優勝だった◎
女は汚らわしいから女人禁制とか、そんなこと言ってんなら宗教なんてやめちまえ!
最初は、あーこりゃダメだぁって体たらくのペトルーニャだったんだけど、どんどん応援したくなってくるし、警察署での「負けねえ」って目が最高で、ラストには万歳だった◎ドライな親友も良かったし。
規則だから・決まってるからってことに、そもそもなんで?ってことが多いから、鬱陶しくてもちゃんと考えていきたい。それこそ川に飛び込むような。

2021.53
pherim

pherimの感想・評価

4.1
北マケドニア映画。32歳独身の主人公女性は、母に促され就職面接へ向かうもセクハラに遭い、帰途遭遇した女人禁制の伝統儀式へ闖入する。

”神は在る、彼女の名はペトルーニャ”が原題直訳。十字架のゆくえを軸に、バルカン正教文化における性差別模様を炙りだす構成の鮮烈。
ntkseng

ntksengの感想・評価

4.0
とてもよかった、美しい映画だと思いました 自分が信じるものを大切にしたいです、誰も助けてはくれないので 自分の幸せのために闘わなくちゃいけないの意味分からん、ムカつく
CHEBUNBUN

CHEBUNBUNの感想・評価

4.2
【北マケドニアの福男祭に女が乱入!?そのわけとは...?】
第69回ベルリン国際映画祭にてエキュメニカル審査員賞&ギルド映画賞を受賞した北マケドニア映画『ペトルーニャに祝福を』が新型コロナウイルス蔓延による1年もの公開延期を経て岩波ホールにやってきました。本作は、北マケドニアで起きた実際の珍事を基にした作品。北マケドニアの小さな町で開催される福男祭のような儀式に乱入した女性を巡って抗争が勃発するという内容で、映画祭の時から観たいと思っていた作品。ようやく観ることができたのですが、これが非常によくできた作品でした。

伝統や宗教とは厄介なものだ。群れを一定のベクトルに向けさせ、そこから生まれる絆が救いになることもある一方、非科学的/非論理的ルールは技術の発展で世界が急速に狭くなり、合理化が求められる中で足枷となる。日本でも、愛知県半田市内で行われる聖火リレーのコースに女人禁制の「ちんとろ舟」を使ったルートが選ばれ物議を醸した。この事例では、聖火リレーを神事ではないと定義することで女性も乗ることができた。「伝統だ」とさえ言えば、どんなに非科学的/非論理的であっても押し通せてしまう。かといって現代に合わせて安易に方向転換するとその伝統を重んじる者から強い反発を受ける。それ故に難しい問題を孕んでいる。『ペトルーニャに祝福を』は一人の女性の目線から、伝統の厄介さを紐解き、それだけではなくエゴとエゴのぶつかり合いによる複雑骨折を紡いでいる。

主人公ペトルーニャ(ゾリツァ・ヌシェバ)は32歳フリーター。毒親に育てられた彼女は自己肯定感が低く、大学を出たにもかかわらずウィトレスのバイトしかしていない。そんな彼女に母親ヴァスカ(ビオレタ・シャプコフスカ)は面接を受けろと圧をかける。だが、渋々面接を受けるとセクハラに遭ってしまう。

彼女は幸せになりたい。微かな希望を見出したい。だが、家族に縛られどこにも行けない。そんな彼女は本能的に、地元の福男祭へと引き込まれていく。川に投げ出された十字架を最初に拾った者は幸せになれるらしい。男しか参加できないこの祭だが、彼女もおもわず川へ飛び込み、見事十字架を手にする。

しかし、男からは大ブーイングを受ける。怒った彼女はその十字架を奪って逃走する。

本作が鋭いのは、新聞の三面記事から複数の抑圧された視点を紡ぎ出していることだ。福男祭で十字架を投げる司祭(スアド・ベゴフスキ)は、ペトルーニャに十字架を与えてもいいと考えている。女人禁制の行事に女が参加する事よりも、十字架を醜く奪い合う方が道理に反していると考えているので。しかしながら、敬虔な男たちから「お前は彼女の味方か」と煽られ揺らぐ。自分のせいで町の治安が悪化してしまうのでは?と。そして責任が教会側にいかないように暗躍する。


また、本作では特徴的なキャラクター「ジャーナリストのスラビツァ(ラビナ・ミテフスカ)」が登場する。彼女はこの珍事を出しに特ダネを得ようとする。岩波ホールの方の解説によれば、北マケドニアでは女性は抑圧されており、強い女性というのが台頭しづらいとのこと。このスラビツァは、男たちに「わきまえない女」だと邪険に扱われていることに憎悪を宿しており、男どもを出し抜くことに全力な女だ。そんな彼女は、ペトルーニャや彼女の家族にコンタクトを取るのだが、明らかに彼女たちよりも自分が前へ前へ出ようとしている。この必死さが痛々しい。マスコミがマスゴミに闇堕ちした象徴として描かれており、当事者のことを無意識に傷つけていることが辛辣に描かれている。例えば彼女の家族にインタビューする場面では、事件と関係ないのに「恋人はいますか?」と訊き始める。家族はペトルーニャに仕事を与えてほしいと訴えるが、視聴率的に良いネタではないと考え、スラビツァはスルーを決め込む。この情報の露骨な取捨選択が醜悪なジャーナリスト像に対する風刺として働いている。

そして、ペトルーニャだ。彼女は十字架を強奪したことで、家族や警察、一般男性に罵倒され続ける。罵倒されている時の彼女は辛そうにしているのだが、取り調べを受けている時の彼女の顔にどこか嬉しそうな面影を感じます。これは容姿と家庭環境のせいで、誰の目にも止まらない路傍の石として生かされてきた彼女に町民の視点が集まったことによる快感と捉えることができる。彼女が十字架を持っていることで、皆が自分に注目してくれる。自分に価値があることに気がつき、自己肯定感を刺激されているのです。

なんと皮肉なことでしょう。罵倒され、酷い目に遭っているにもかかわらず、元々の生活環境が最悪な為希望になってしまっているのだ。それ故に、ラストの彼女の行動には涙が出てきます。

テオナ・ストゥルガル・ミテフスカ監督の鋭い人間分析に圧倒されっぱなしでした。彼女の過去作も入手できたら紹介して行こうと思います。

P.S.実際の事件では、ペトルーニャにあたる女性は町人から罵倒され、移住する結果となったそうです。現実は残酷なものですね。
女性の地位の低さを問題にした映画で、映像的にも、ストーリー的にも面白い作品でした。

序盤はコミカルにテンポよく進んでいって、中盤からコミカルさは押さえ気味になり話もほとんど進まず警察や差別的な人たちの不快さが目立つ作りになっていきました。
そういった構成にしないと、テーマが薄れてしまうのかもしれませんが、個人的には序盤の感じが楽しくて好きでした。
Sohey

Soheyの感想・評価

3.7
女人禁制の祭りで幸せになれる十字架を奪ったペトルーニャは逮捕され、町の男どもから罵詈雑言を浴びせられる。
セクハラ、女性差別、小さな共同体に根強く残る家父長制。ペトルーニャが抱えてきたものは多くの女性が感じてきたもの。

母親や友達に見捨てられても、不公平で不条理な現実に立ち向かっていくペトルーニャは誰よりも賢く、強かった。十字架を奪った時の笑顔とラストの表情がとても印象深い。
@試写
 繁栄というものを知らないままにすっかりサビれてしまったような地方都市で仁王立ちをしているヒロインの姿が忘れられない(試写を見たのはもう1年も前か。コロナで公開が延期になっていた)。

 ペトルーニャは体型太め、すでに32歳、大卒、しかも優秀な成績で。にもかかわらずウェイトレスくらいしか職がない。ふてくされてベッドから出てこない彼女に苛立つ母親に追い立てられるように就職の面接に行けばセクハラに遭う。

 その帰り道、祭に遭遇した彼女は、思わず川に飛び込んで、司祭が投げた十字架を拾っていた。その年の幸福を約束する十字架で、多くの半裸の男たちが競っていたにもかかわらず。女性には祭への参加が禁じられていたにもかかわらず。

 ペトルーニャは警察に連行されることになる。大学で歴史学を専攻したというペトルーニャに警察署長は「アレキサンダー大王にあこがれたのか?」。「自国の歴史には興味がないわ。興味があるのは中国革命よ。共産主義と民主主義の融合に関心があるの」。首都のテレビ局から取材に来ていた女性リポーター(バツイチで子持ちの40代)が「なぜ女性だとダメなんですか」と詰め寄るときの司祭の困り顔がリアル。−−−−とストーリーの展開は〝異文化〟感がありながらも、そこかしこにスパイシーな〝あるある〟感満載。

 ペトルーニャは自分でも言うように、野生のケダモノ的なカンに従って自分なりの幸福を求めようとした。それはとどのつまりは自分自身であろうとしていただけなのだ。そこにおいて実にふてぶてしいペトルーニャに祝福を!

このレビューはネタバレを含みます

ラストは「お前らまだそんなのにしがみついてんの?」で合ってる?
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