木下恵介、1944年。
陸軍省の依頼で制作された戦意高揚映画だが、有名なラストシーンでは反戦の意を描いたとされ、終戦まで仕事が出来なくなり木下監督は松竹に辞表を提出したという作品。
1866年(…
第二次世界大戦中に 陸軍の全面協力のもと制作されているので
表向きは 戦意高揚の為のプロパガンダ映画なのですが、
ラストの 出兵する息子を母親が見送るシーンで
実は反戦映画なのだと分かります。
も…
モノクロ、スタンダード、44年、木下恵介監督。プロパガンダ映画だが反戦映画になっている作品と言われて鑑賞。その通りだった。すごい作品。
全体的に長回しで撮られていて(戦時中でフィルムがもったいなか…
松竹大船調の礎を築いた城戸四郎の言葉。
「映画は心温まるヒューマニズム精神を基調として、庶民大衆の心を癒し感銘を与えるものであらねばならない。利潤追求のみの商業主義に狂奔するものに非ず」
大学1年…
日本ファシズム🔫が最高潮に達していた1944年当時の国策映画🎥。太平洋戦争🔥末期のあの頃にタイムスリップできます。そして大日本帝国🇯🇵に、福岡県小倉に、高木家👥にみなぎる軍国主義精神⚔️を満喫でき…
>>続きを読む太平洋戦争3周年記念として陸軍省が松竹に依頼したプロパガンダ映画。1944年12月公開。木下監督の四作目。ラストシーン(6分半)が有名で、木下監督の伝記映画「はじまりのみち」(2013)で丸ごと引用…
>>続きを読むほとんど知らない人ばっかりです。
知ってるのは、黒澤明作品常連で「男はつらいよ」にもよく出ていた笠智衆さんくらいですね。
なんと戦争中に作られてた映画です。
それなのに、どことなく戦争反対ってのを匂…
松竹株式会社