タッチ・ミー・ノット~ローラと秘密のカウンセリング~の作品情報・感想・評価

上映館(5館)

タッチ・ミー・ノット~ローラと秘密のカウンセリング~2018年製作の映画)

Touch Me Not

上映日:2020年07月04日

製作国:

上映時間:125分

ジャンル:

あらすじ

「タッチ・ミー・ノット~ローラと秘密のカウンセリング~」に投稿された感想・評価

上旬

上旬の感想・評価

3.0
【第68回ベルリン国際映画祭 金熊賞】
ルーマニアの女性監督の作品。長編デビュー作にして最高賞を獲得した。

これまではドキュメンタリーと短編映画を撮ってきた監督で、この作品もドキュメンタリーとの境目が曖昧になっている。全身脱毛症の俳優やトランスジェンダーのセックスワーカーなど登場人物たちはそのまま、しかも名前も同じに登場してくる。

演じる、というより自分自身を見つめ直しているような作品で、白を基調とした無機質な美術により観客もそこに投影し、自らの性と生に向き合うことを余儀なくされる。

話という話はないので映画としては退屈なのだけど、何か心に残るような。

監督が今後どんな映画を撮るのか楽しみではある。
女性監督ってちょっとびっくりしたけどフェミニズム的実験映画ではある。コテコテのアート映画。最初混乱するけどちょっとずつ慣れる。
スコアで点数化するよりも、文章で書いた方が活きる映画かなと思うので、、

予告編とはかなり印象が違うかな?と思った映画だった。残念ながら個人的な意見として日本は表現の面ではまだまだなところがあって、この映画を日本で楽しむのはちょっと難しかったかもしれない。外国向き。(ぼかしとかでね)
ただ、外国での評価は高い。金熊賞が物語っている。
だけどトーマスさんという俳優さんを知れたことはプラスな事だった。


最後のシーンも外国映画ならではで、かなり攻めてる。
少し睡魔と戦っていたのは…🙇‍♂️🙇‍♂️
すー

すーの感想・評価

2.0
仮設映画館にて。
他人に触れられることに拒否反応を起こしてしまうローラのカウンセリングを観客としてみつつ、同時にローラの視点でマイノリティの方々の性生活を見るというなんとも不思議な感覚になるモキュメンタリーのような映画。

正直私自身そんなに体の対話を重要視していないし、多様化した性のあり方を見せられても困惑するだけなのでとりあえず困惑しただけだった。興味深い題材と思って見たがそんなに興味は持てなかった。
CHEBUNBUN

CHEBUNBUNの感想・評価

1.2
【我に触れるなメラメラメラメラメランコリアに触れよ】
第68回ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞するも、ルーマニア出身のアディナ・ピンティリエ長編初監督作にして非常に難解な実験映画故に日本公開が絶望的だと思われていた『タッチ・ミー・ノット~ローラと秘密のカウンセリング~』が日本公開することとなった。新型コロナウイルスの影響で、仮設の映画館にて先行上映されていたので観ました。当時、東京国際映画祭作品選定プロデューサーの矢田部吉彦が難色を示していた作品。確かに色々厳しいものを感じる作品でした。

TOUCH ME NOTをラテン語にするとNOLI ME TANGEREになる。

NOLI ME TANGEREはイエス・キリストが復活を遂げ、マリアの前に姿を表すが、彼女の抱擁を拒絶する有名なエピソードの名台詞である。そして、本作はマイノリティの接触における哲学を虚実曖昧模糊な形で考察してみせた作品。審査員長トム・ティクヴァ、それに次いでセシル・ド・フランス、Chema Prado(スペインの映画批評家)、アデル・ロマンスキー、坂本龍一、ステファニー・ザカレック(アメリカの映画評論家)が本作を最高賞に選んだことは、非常に挑戦的である。カンヌが社会問題をテーマにした映画に甘過ぎで、ヴェネツィア国際映画祭が米国アカデミー賞前哨戦に成り下がったことを受けると、こういった作品を最高賞に選ぶベルリンはまだ信頼ができる。

ただし、面白いかどうかはまた別の話である。

他者との接触を拒むローラは、誰かに理解されたい、誰かに抱擁されたいという感情を持っているが、それを拒絶してしまう。自慰に励む男を見つめ、彼の残り香漂うベッドを掴みその複雑な感情を表現する。そして、セラピーでは拒絶を瓦解させるため、カウンセラーがパンチ等を繰り出し接触を試みる。彼女は叫ぶ。叫ぶことによってメランコリックな気持ちを膿として絞り出させるのだ。

そんな彼女が目撃するのは、毛がない男、脊髄性筋萎縮症、知的障がい者等が集まって行われるセラピー。互いの感情を吐露し、見つめ合うことで孤独を溶かしていくセラピーだ。彼女はそこのコミュニティに片足をツッコミ、自分と向かい合う。胸のある男が自分のマイノリティで個人的な話をする。胸に名前をつけて、まるで恋人や子供のように接するその男の話を共有するのだ。

アディナ・ピンティリエ監督はトロント国際映画祭でのインタビューの中で、障がい者に対して性生活を送れない、保護される必要があると考えることは誤った概念であり、見下しの目があると語っている。その無意識/意識的悪意を、障がい者の歪なふれあいのセラピーで表現しているのだ。

しかし、どうだろうか?

監督が長期間にわたるリサーチで生まれた本作は、監督の社会批判が全面に描きこまれた結果、説明的になり過ぎてはいないだろうか?

例えば、ローラの憂鬱を表現するために、

「メラメラメラメラメランコリア」

と歌が流れるのだが、露骨な表現である。また、カメラを組み立て、障がい者の像を浮かび上がらせ、外見の問題を提示しようとするユニークなショットがあるのだが、何度も描くことでクドさが滲み出てしまう。そして、本作最大の欠陥は、セラピーが持つ自己を吐き出す行為が、映画という言語に変換せずに映し出されるため説明過多となってしまっているのだ。ドキュメンタリー畑の監督としても、映像で魅せるという表現に乏しいので映画ではないと感じてしまうのだ。

似たようなテーマを扱った『Chained for Life』や『37セカンズ』が映画的表現で複雑な心理を分析していたことを考えると、どうしても力不足に見える。そして2時間という時間が拷問のように長く見えてしまった。
atsuman

atsumanの感想・評価

2.6
性問題への価値観は多様化されていますが、本作を受け入れる器はまだ僕にはなかったようです。
アブノーマルをノーマルに撮ってて全然興奮しない。
おばさんはえー乳してた。
あぺ

あぺの感想・評価

3.1
完全に不消化になってしまったが、車イスの男とその妻の触れ合いには動かされるものがあった。
pherim

pherimの感想・評価

3.5
性をめぐる衝動と抑圧の深淵が、鮮烈な白光に曝されむくりと姿を顕す映像の静けさに震撼する。“マイノリティ”や“障碍者”等の言分けが完璧に解体されるその場所で、起伏を抑え扇情を避けた語りが最後に伐り出すのは、本作を座視する私のリアルであるという構成の鋭き凄味。

主にLGBTsドキュメンタリー映画の文脈でPRされている本作、実は語りの手法が極めて特異な作品でもあり。そのベルリン国際映画祭金熊賞(最高賞)獲得は様々に考えさせられ、このキツい風潮下で一層観た甲斐覚える一篇。
smmt705

smmt705の感想・評価

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色んなものを介すからややこしくなってしまうけど、触れられたい人に触れてもらえれば、もうそれだけで良いのだと思う。
う、うーん。理解が追いつかない。

結局のところ、マイノリティで悩みのある(あった)人々が自己肯定感を持つようになる過程と、その変化した先にある未来を描きたかったのだろうか。

だれる。起承転結もなければ、収束するようば結末もない。「この後どうなるんだろう」というワクワクやハラハラ感もなけっrば、驚きもない。
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